= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
光の庭 …木陰と雲の中…
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =


= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

光の庭

0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
Homeに戻る

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

旅行のことを咲音から了承を得て以来、光流はあきらかに浮かれて、計画を煮詰めるのに夢中になっていた。一度など、咲音が起きる時間までPCに向かって調べものをしていたこともある。咲音が不服なのは、それによって自分がないがしろにされているからだ。そもそも、光流は熱しやすいので、一度熱中し出すと、周りが見えなくなってしまうのだ。もちろん、咲音だって例外ではなく、光流が何かに夢中になっている間、咲音は光流の頭の中から閉め出されてしまっている。

それでいて、話したいことだけは楽しそうに話すので、咲音は思わずそれに付き合って、にこにこと相づちとかを打ってしまうのだ。話してすっきりした光流はといえば、すぐに自分の世界へ戻っていってしまう。こんな時の光流は、追いかけても仕方がないので、放置しておくしかない。

「咲音、黒と青、どっちがいい?」

「……? 色? 黒…かな」

先ほど、車のパンフレットらしきものが見えたから、それのことだろうか。わくわくと楽しそうにしている。自分が答えることを疑っていない瞳だ。まっすぐに向けられる信頼に、立ち止まりそうになってしまう。光流は、咲音の答えを聞くとそうか、とすぐにまた背を向けた。

日曜日の午後、せっかく重なっている休日なのに、やっぱり光流はいそいそと何かをやっている。咲音は、また猫と一緒に取り残されて、仕方なく雑誌を膝の上に広げた。……そろそろ、戻ってきてくれても良さそうなものなのだが。

結局、光流が戻ってきたのは、7月が始まったばかりの頃だった。地図の本を片手に、旅行の計画を話してくれるらしい。

「ワゴンで行きたいんだけど…どうするかな、買う?」

何故旅行のためにわざわざ買わねばならないのか…確かに、光流が持ってるのはスポーツカーに軽で、咲音が乗っているのはセダンだが、これ以上増やして駐車場をどうするのだろうか。それに、二人の旅行ならセダンだって十分だ。……そんな咲音の思いが表情に表れたのかどうかは知らないが、光流は買うのをあきらめたように、視線を天井へ向けて、そうか、と小さく呟いた。

車のパンフレットを広げていたのは、どうやらやはり、車が欲しかったかららしい。車だって、手入れが必要だし、税金はかかるし車検は面倒だし…咲音は実家にいないと思いの外使わない自分の車ですら、要らないかも知れないと思っているのに(光流のマンションは、交通事情が良すぎて車より電車のが便利なのだ)。

「お前の実家から、借りられるっけ?」

「大丈夫だと思うよ、事前に言っておけば…でも、私の車で充分じゃないの?」

そもそも、ワゴンが必要なほど何を持っていくつもりなのだろうか。まさか、キャンプをするためにキャンプ用具一式持っていくわけでもあるまい。何を持っていくのか聞いて…咲音が判断して、結局咲音の車で行くことになる。それで決定。光流は、どこか納得いかなさそうな顔をしつつも、手元の紙にメモをした。そして、また顔を上げ咲音を見る。……まだ何かあるらしい。

「カメラ…。……なんだけど」

先ほど却下されているせいか、心なしか控えめな主張だ。咲音は小さく噴出して、子供をあやすように光流の髪をなでた。当然、文句と一緒に逃げられたが。

「私が持ってるのも古くなってるし、新しいデジカメ、一緒に買いに行こうか」

「おう、実はもうパンフレット貰ってきてるんだぜ」

どうやら、最初から買う気満々だったらしい。先ほどの、しゅんとしたような顔は、演技だったのだろうか。嘘は付けないくせに、こういうことは素でやってのける。沢山のパンフレットをばさばさと広げて、あれがこれが、といい始めるのを、一緒に覗き込んでカメラを物色する。大体目星をつけたところで、今度買いに行くことになった。旅行は行ってからももちろん楽しいのだが、用意したりや行くまでも楽しい。そして、帰って来るときは寂しくて、ちょっとだけ疲れている。

「まだ、どこへ行くかは内緒?」

「言ってなかったか。岩手なんだ…あ、運転は交代だからな」

「岩手…ついでに宮沢賢治を見に行きたいな」

「そーゆーと思った。駐車場もあるから、大丈夫じゃねぇの」

つまりは、行ってもよいということだ。しかも、咲音のために調べてあったらしい。何テンポかずれて、咲音がぽつりと、

「ありがとう」

ちょっと嬉しいような照れたような顔で、礼を述べた。なかなか珍しい顔だ。そう思った光流は、手を伸ばすと、がしがしと咲音の頭をなでてやった。先ほどのお返しだ。咲音は嫌がらずに、手が離れた後に、髪を手櫛で直した。

「でも、何で岩手なの?」

「へ? あぁ、俺のばーちゃんちがあったんだ」

過去形、ということは今はもうないということだ。確か、死ぬ前の数年間は一緒に暮らしていた、と聞いた気がする。光流がびろびろと広げている地図だけでは、いったいどこが最終的な目的地なのかは、よく分からない。だが、とりあえず田舎っぽかった。何しろ、開いているページは縮尺が小さいにもかかわらず、線路らしき表示が一つもない。そして、中央には三角のマークと一緒に山の名前が書かれていた。

山登りでもするのだろーか。あれこれと話しを進める楽しそうな光流を咲音はぼんやりと眺めた。それからまた地図を見た。その地図の上に、ぽんと猫の三色の手がのせられる。そういえば、こいつはどうするのだろう。

「お前もいきたい? でも宿がなぁ」

猫をすくいあげて、びろーんと抱き上げた光流が鼻先にキスをしながらぼやいた。

「どうするの?」

「ん? 実家預けるか、友達に預けるか、だな」

実家というのは、光流の実家だ。咲音の家は動物嫌いが多くて、とても預かってくれない。咲音はまだ寛容な方だが、母と祖母と妹が動物嫌いなので、そういうところで女性に勝てないようになっている男性陣がいくら動物が嫌いでなくとも、どうにもならない。

「光流の実家はやめよう」

妙にきっぱりと咲音が首を振る。

「何で?」

「遠いから預けに行くの面倒でしょ」

本当は、ブラコンの兄弟が居るから、咲音は光流を実家に帰らせたくないだけなのだが。しれっと涼しい顔で嘘を吐いた。ここらへん、光流に真似ができない芸当だ。そして、光流は嘘を吐かれたことに気づいていなかったりする。そこらへんの間抜けさ加減も、咲音を微笑ませている原因になっているのだが。

「そーだよなぁ。。。ま、誰か預かってくれんだろ」

話のねたにされている猫はひとり気楽に、小さく鳴いてあくびをした。つられて光流も。そして咲音まで。

「……寝るか」

「そうだね」

広げた資料などを片付けて、立ち上がって伸びをする。伸びをし終わって力の抜けた光流を、咲音が横から抱き寄せた。光流の足が一歩、咲音へ近づく。肩へ頭が乗せられた。……久しぶりに、光流が咲音の腕の中へ帰ってきた。

「風呂、一緒入るか?」

「ん」

そばにある頭に頬を寄せながら、咲音が頷いた。



旅行に出発する日は、暑い夏日和だった。雲ひとつない空から、これでもかと日差しが降ってきている。二人は、高速を乗り継いで岩手にある、とある山へ来ていた。

「足で山登りすんのも辛いけど、車でずっと斜面登ってくのも、辛いよなぁ」

「暑くないだけ、車の方がいいんじゃないかな」

「いや、山も立ち止まって木陰入ると、結構涼しいんだぜ。高度があるからさ。まーそれでも、夏はやっぱあちぃけどな…」

今運転しているのは咲音で、横では光流がナビと地図をフル活用して、道案内をしていた。細い山道は、まだどうにか舗装されていて、ごろごろと木々に囲まれた中を進んでいた。地図によればここは、何とか村とかいう広くて人口の少ない村のはずだ。

「にしてもおばあさん、どうやってココに住んでたの?」

「じーさんが車運転してたぜ。じーさんがいなくなってからは、実家に移ってきたし」

「やっぱり、車がないと辛いか」

「当然だろ。ここ、最寄り駅から車で1時間以上かかるんだぞ」

しゃべるのを止めると、ごろごろごろ、とタイヤが転がる音だけが響く。前方の木の陰から、建物らしきものが見えてきた。

「あっ、あのペンションまだあったんだ。宿、あっちにすりゃー良かったかな。昔のままなら、あそこのオバサン…もうばーさんか?…は、すげぇ料理上手いんだ」

「食事だけ、あそこにしにいこうか」

「それもいいな。あ、そこ左」

数分後、どうにかして宿についた。つい最近出来た個人経営の小さな温泉旅館で、光流が何故ここを選んだのかというと、「目的地」から一番近いからだった。駐車場に車を停めて、外へ出た。午後の一番暑い時間は過ぎている。

「やっぱり、この中を歩きづめるのは辛そうだよ」

「まぁな。車ではいけない高い山とかの上のほうは、雲ん中入るとぐっと涼しくなるんだけど」

「そんな上のほうまで、行きたくない」

地道に進める系のスポーツが嫌いな咲音は思い切り顔をしかめた。咲音は短距離は好きでも長距離は嫌いで、100mの競泳は良くても遠泳は嫌いなのだ。二人は荷物を手に宿へと入った。迎えてくれたのは、小太りでおおらかそうなオバサンと、背の高いひょろひょろとした、職人気質っぽいオジサンだった。

挨拶をして、お盆の時期をはずしているからお客さんはあと4組だけだと説明をうけ、部屋に案内してもらった。部屋に荷物を置くと、光流はさっそく出かける準備をした。

「早起きしたわりに、元気だね」

「今日のうちに、お前に見せたいからさ」

光流は、ポケットに入れてあったサングラスを、咲音にかけてやり、ついでに帽子も頭に乗せてやる。光流自身はすでに装着済みだ。サングラスのわきからちらりと覗いた光流の目は、旅行の準備をしている時の目に戻っていた。又何かに熱中しているらしい。咲音は気乗りしなかったが、しぶしぶ諦めた。

「ほら、行こうぜ」

光流に軽く手を引かれ、、咲音は仕方なく外へ出た。

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

中書きもどき。

夏なのに、海じゃなくて山(笑)。
岩手なのに、今流行の義経じゃなくて、宮沢賢治(笑)。
まぁ、これがこの二人なのです。

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

光の庭

0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
Homeに戻る

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =