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光の庭 …光の庭…
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光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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結局のところ。咲音は山登りをする羽目になった。行きがけにサンダルは止めたほうがいい、と光流が言っていたのを思い出す。咲音はその理由をようやく悟った。光流は「長時間運転するときサンダルだと辛いだろ」などともっともらしいことを言っていたが。スニーカーを勧めてきたのはこのせいだったらしい。咲音は続く細い山道を見上げて、ため息をついた。
「あの場所…まだあるといいんだけどな」
しかも、あるかどうか分からない場所に行くために…山登り。光流は元気に少し前を歩いている。宿前の舗装された道を登る。下れば、食事が美味しいというペンションへ行けるはずだ。少し登り、そこから山道へと入った。山道を進む途中、急な崖のような場所に、階段の残骸があった。腐ってぼろぼろになった木が、ロープのなれの果てと一緒に、崖の下に落ちている。
「うわっ、さすがにここはもう無理か」
光流が幼いころは、そこを使っていたらしい。迂回するために更に細いわき道へと入った。もうちょっとだと光流は言うが、もうちょっととは、いったいどれくらいなのか。。。小道を更に外れて、道もない、木の根と岩がごろごろしているようなところを、光流は器用に抜けていく。先ほどまで登りだったのに、急に下りになった。
「子供のころは小さかったから、もっと通りやすかったんだけどな…大丈夫か? 咲音」
「……まぁ」
不機嫌そうな顔をしているが、光流が楽しそうだから「まぁ」許してやろう。といった顔だ。振り返った咲音の表情に笑うと、光流はついたぜ、と先方を示した。
「……!」
ちょっとした異空間。
現実なのに夢が混ざっているような。
真夏の中の、やさしい部分だけを切り抜いてきたような風景だった。
太い幹、高い枝、広がっていく青い葉。
強い日差しを受け止めた木の葉が、透き通っている。
大きな木が間隔をあけて生えていて、他のところよりも広い空間がそこに広がっていた。その中でも、一番大きな木は他の木々の頭を優に超えて、大きな枝の広がりを見せている。日陰と日向が二分されてしまうのではなく、辺り一帯に柔らかな色の光が投げかけられていた。淡い緑の中に包まれて立ち止まると、澄んだ空気が体内に入り込んできた。
「良かった、まだあったんだ…」
立ち止まった咲音の手を引っ張って、光流が歩き出す。ゆっくりと一本の木の近くへとたどり着いた。
「昔、この木に登ったんだぜ」
「……」
「この枝…昔はすげぇ高かった気がしたのにな」
手を伸ばせば、つかむことが出来た。幼いころはたどり着くのが精一杯だったのだろう。
ずっと黙ったままだった咲音が、木を見上げる光流の肩口に、頭を寄せた。枝に伸ばす光流の腕に、指先を触れさせる。暑い陽気に汗ばんだ肌が、ひんやりと冷たく濡れている。
「…ありがとう」
すぐ近くで響く、ささやかな声。山の静けさに、溶けていくような。ゆっくりと持ち上がった腕が、その背中をぽんっと叩くようにして抱いた。声と同じくらいささやかな風が、通り抜けた。
二人は、早々にペンションに帰ってきていた。いくら気持ちのよい場所でも、虫(主に蚊だ)にかなわなくなったのだ。じっとしている間に、二人とも数箇所さされたらしく、痒い。ペンションにおいてある虫刺されの薬と、虫除けのスプレーを買った。
「ぬかったよなぁ」
腕の虫刺されに薬を塗りながら、光流が笑う。咲音も、山と聞いた時点で忘れないようにするべきだった、と頷く。二人とも、普段はあまり刺されない。仕事へ行くとき長袖のスーツだからだろうか。仕事が室内だからだろうか。都心という土地故だろうか…。部屋で少しゆっくりしてから、来る時に通りかかったペンションまで、食事をしに行くことにした。
歩いていくか、車で行くか少し迷ったのだが、二人とも酒を飲むので、飲酒運転でなれない夜の山道を行くのは危険だと判断した。それに、車で数分なら、歩いてでも10分程度だろう、という推測もあった。今度はちゃんと虫除けスプレーで防備して、出かける。最も、二人は「行きはよいよい帰りはこわい」ということを実感することになるのだが。
事前にペンションに問い合わせずに行ったにもかかわらず、二人は快くカフェへ案内してもらった。気取った料理はなくて、この季節の料理のみが、手書きのメニューに書いてある。光流が幼いころ着たときに居たオバサンは、今ではオバアサンになっていた。オバサンに居た若い一人娘は、今ではオバサンになっており、そのオバサンが切り盛りしていた。
狭いカフェの客は、二人を入れて合計3組みだった。そのうち一組は、テーブルを一つ空けて隣に座っており、女の子の二人組がのんびりとすごしていた。ここの宿泊客だろうか。そのテーブルには、地酒の瓶が置いてある。どうやら、地酒も飲めるらしかった。
トマトとオクラとキュウリの和え物、トウモロコシを牛乳でぐつぐつ煮込んで作ったスープ、ナスとそぼろの煮込み、ミョウガとショウガをたっぷり盛った冷奴…他にも色々。穀物が混ざったご飯は、お変わり自由。地酒も頼んで、二人で乾杯した。
光流は、美味しそうにご飯を食べて、これはいいと地酒を傾け、時々咲音と話しては笑った。楽しそうな光流を見ていると、いつの間にか口元が緩んでいることがある。唇に付いた食べ物のカスを拭うフリをして、密かにそれを正す。二人とも、あれもこれもと欲張るように色々食べた。何しろ、美味しいからもっと他が食べたくなるのだ。だが、沢山食べたわりに、酔いが回るのが早い。そういえば、たんぱく質が少ない、ヘルシーな食事になってしまっていた。
この日、二人のお気に入りになったのは冬瓜汁で、とろみをつけた澄まし汁に、ごろんと大きな冬瓜が転がって入っている。さっぱりとしていて、美味しかった。出てきたものは熱々だったが、冷やしても美味しいといわれた。食事が終わった後に、冬瓜には身体を内側から冷やす作用があるのだと聞いた。なるほど、だから夏に食べるのか。
帰り、二人はすぐに出発出来そうになかった。何しろ、腹は一杯、酒は回ってきてるし、おまけに帰りはずっと登り道だ。
「ちょっと、休んでからいこうぜ」
立ち上がりかけた席に座り直して、光流が言った。咲音が反対するわけも無い。二人は、珈琲を頼んでお腹が落ち着くのをまった。食後1時間ほどしてからペンションを出る。カフェを出たとたん、通路を歩いてきた女性が咲音にぶつかってきた。おそらく、業とだろう。食事の最中、テーブル一つはさんで隣だった女性客のうち一人だった。
「ごめんなさいっ」
女性にしては低く通る声だ。慌てて頭を下げると、ポニーテールが揺れた。もっとも、咲音自身は女というものが苦手だ。光流が居るときは、光流がうまく対処してくれるので、今回も光流が前に出るのに任せた。
「いいよ、こっちも気を付けてなかったし。怪我とかなかった?……ならよかった、じゃ、気を付けてな」
さらりと人当たりの良い笑顔で、それなのにどこか有無を言わせぬ調子で言い切る。軽く頭を下げて挨拶に代える光流が、咲音の背中を押す。それに合わせて歩き出した。その女性が追いかけてこない内に、ふたりはペンションを出た。光流が咲音を見上げて、災難だな、と笑う。背が高く体格もよく、それなのにむさ苦しくなくサッパリとした清潔さがあり、スマートな格好が似合う咲音は、どうにも女性に好かれやすい。本人は女性が苦手なのに、である。それが光流には可笑しいらしい、隣で小さく肩を震わせている。
「…面白がらないでよ、光流」
何だか釈然としない。不機嫌な声を隠さずに、じとりと光流を見下ろした。だが、光流も慣れたもので、けろっとして咲音を見返し、
「なんだよ、俺が出ねぇ方が良かったか?」
「そんなことは言ってない。面白がらないでよ、って言ったんだよ…こっちは大変なんだから」
「それが、面白いんだろ」
にやにやとしている。最近、誰に似たのか(おそらく咲音自身に似たのだ)、強かになってきた。だが、会話はそこで終わった。そう、帰りは上り坂なのである。宿に着いたときにはふたりともヘロヘロになっていた。とても温泉に入れそうにない。運動したせいで再び酒が回り始めているし、お腹はまだ重たい。部屋に帰ったら布団を敷いて、ごろんと転がってしまった。
「ちょっと、つれぇかも」
「帰りの登りがね」
「飯も酒も美味かったけど…」
「そのせいで食べ過ぎたし」
二人とも、布団につっぷしたまま、ぽつりぽつりと会話を交わす。そのうち二人とも寝入ってしまって、起きたのは1時間ほど後だった。咲音が起きあがったときはまだ、光流が隣でぐーぐーと寝息を立てていた。ぼんやりと時計を確かめてから、思わず紅茶をいれるいつもの癖で立ち上がりかけた。しかし旅先で紅茶は少々厳しい。持ってきてはいるが、今いれるのも面倒だ。
「起きて、ダーリン」
「ん…」
「温泉、入りに行こう」
ちゅ。
何か答えようとして動いている光流の唇を、咲音は吸い上げた。光流は起きる努力をしているらしいのだが、もぞもぞと寝返りをうつだけで、起きそうにない。
「ほら…行くよ、ダーリン」
「…れが…」
おそらく、誰がダーリンだ、とかまた反論しているのだろうが、しっかり聞こえないため無視して、咲音は指を光流の身体に這わせた。つーっと脇腹をなぞり上げる。とうとう光流は起きた。寝ぼけた顔を擦って眠そうにしている。今朝早く家を出るために、早起きしたのが今頃効いてきたらしい。
「温泉入れば、目が覚めるよ」
寝ぼけている光流が、布団の上でうつろな目をしている間に、二人分の用意を調える。まぁ、タオルと下着と寝間着用の浴衣を持てば、用意などすぐに終わるのだが。光流の手を引くと、目を擦りながらもどうにか光流は立ち上がった。。今なら、普通に手を繋いで部屋を出ても、光流は気づかないに違いない。寝起きでぼーっとした光流は結局、温泉の脱衣所の入り口に来るまで、手を繋ぎっぱなしだということに気づかなかった。扉を開けようとして…片手がふさがっていることを知ったらしい。旅先だということを、思い出したのか、
「……」
無言で、先ほどまで自分を引っ張ってきてくれた咲音の手が、自分の手を掴んでいる部分を見た。それからおもむろに外すと、扉を開ける。奥の温泉の方から、かすかに硫黄の匂いが漂ってきていた。それが脱衣所にも少しだけ残っている。最初は顔をしかめたが、すぐに慣れた。
「硫黄だね」
「みたいだな」
そう広くない脱衣所は無人だった。誰かが使っている籠も見あたらない。もう夜遅いからだろうか。咲音が部屋を出るときにチェックした限りでは、後30分ほどで、利用時間が終わるはずだ。光流の分の荷物まで持っていた咲音が、脱衣籠の一つに光流の荷物を入れる。その籠ごと、光流の前へ突き出した。
「サンキュ」
「早く入って、今日はもう寝よう。明日起きられなくなっちゃうよ」
「そうだな、あの場所は午前中のが涼しいし…。う〜明日も早起きか……」
普段昼に起き出している光流にとっては、生活リズムが狂うことこの上ない。がしがしと頭を掻いてから、大きな欠伸をして…さっさと服を脱ぎだした。咲音もそれにならう。
二人が脱衣所を出ると、風呂場ではここの旅館を経営している一人であるオジサンが、しゅこしゅこと掃除をしていた。
「げっ、やべ…入れる時間、すぎてたっけ?」
「大丈夫だったはずだけど…」
奥の方の、人が少ないときは使われない場所から、掃除を始めているらしい。黙々と働いているオジサンを、盗み見るように、ひそひそと会話をしていたら、オジサンの方がこちらに気づいた。そう広くない温泉で、しかも音が響く場所なのだから、当然といえば当然だ。
時間がないから早く入った方がいいと言われて、二人は急いで身体を洗ってから、温泉に浸かった。そして、使って10分もたたずに上がった。何故なら、入って数分で光流が船をこぎだしたのだ。咲音は一生懸命起こしたのだが、効果が薄い。こんなところで溺れるのも情けないため、必死で腕を引いて湯を上がらせた。
「光流、こんな所で寝ないで」
大丈夫かと、心配そうに見てくるオジサンに、愛想笑いを表面に浮かべて誤魔化す。光流をどうにか脱衣所まで引っ張っていく咲音の苦労とは反対に…光流は、暖かくなって再び眠くなり、そこからはうつらうつらしながら、時々起こされて…また夢へ…を繰り返していた。部屋に帰ったとき、咲音だけがぐったりと疲れていたのは、言うまでもない。
「全くもう…しょうがないんだから」
どうにか布団に光流を寝かしつける。すやすやと幸せそうな寝息を立てている恋人を見て、咲音は口元を緩ませた。自分だけ、この旅行の初日を謳歌して、早々に寝てしまっている。もちろん咲音も充実した日を送ったことは送ったが、やはり置いて行かれた感がある。いつも光流は何かに夢中になっていて、それに向かって進んでいって仕舞う。追いかけても、なかなか追いつけない。捕まえられるのは、光流の意識が咲音へ向かっているときくらいだ。
「おやすみ…ダーリン」
明日は、自分を見てくれればいい…そう思いながら、こめかみへキスを落とした。
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中書きもどき。
ここらへんから、長くなり気味です。本当は、もっと短かったはずなのですが(汗)。
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光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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