= = = = = = = = = = = = = = = = = = =
光の庭 …木の枝の上…
= = = = = = = = = = = = = = = = = = =
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
Homeに戻る
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
虫除けスプレーも使った。携帯用の虫刺されの薬も持った。ちょっと暑いけど薄手の長袖にした。ついでに、宿のオバサンの好意で、蚊取り線香まで借りた。腰に下げるタイプのやつだ。光流が自ら進んで希望したため、光流の腰にそれはぶらさがっている。光流の方が蚊に食われやすいというのもあるだろうが、蚊取り線香を腰からぶらさげるなんて、滅多にない機会を楽しんでいる、という方が正しそうだ。
「よし、完璧」
「すっかり元気だね」
昨日、あれだけぐーぐー寝ていれば、それも当然だろう。…と言いたいが、黙っておく。そのかわり、ちょっとだけ苦笑いしてやるのを忘れずに。二人並んで歩き出す。目的地は昨日と同じ場所だ。光流のリュックの中には、今回新調したデジカメも入っている。午前中の涼しい空気の中、散歩気分で歩いた。光流のジーンズのベルト通しに紐でぶら下がっている蚊取り線香から、細い煙が揺れる。その煙が二人を緩やかに追いかけていた。
時々日向に出ると、突然暑くなる。二人はなるべく木陰を選んで進んだ。木陰から上を見上げると、時々日の光の加減で、木の葉がきらきらと輝いて見える。
「午後、宮沢賢治行こうぜ。明日は休館らしいからさ、明後日だと慌ただしくなるだろ」
「そうだね…ここからどのくらい時間かかるんだっけ」
「ん〜1時間程度じゃねぇかな…後でちゃんと調べるか」
時々会話を挟みながら、昨日よりはスムーズに、その場所へ出た。昨日とは反対の方向から差し込む光が、庭全体を明るくしている。朝の、静かな空気を包んでいるようだ。やけに遠くからの音が沢山聞こえた。
気が付けば、二人とも立ち止まって、黙ったまま…その開けた広場を眺めていた。ぼーっとした時間から、光流が先に復活して、ふーっと息を吐き出す。足を一歩進めて、歩を再開する。少し遅れて、咲音も続いた。庭の中程まで来ると、再び足を止める。
「時間が違うだけなのに、雰囲気が変わるね」
「そうだな…。小さい頃は、一日中ここで過ごしたんだぜ…お昼には帰ってきなさい、って何回も怒られたけどさ」
「一人でこんな所に来てたの?」
「いや…俺と同い年くらいの女の子が居たんだ。二人で見つけた秘密の場所ってとこだな。ここは」
鞄からカメラを出していた光流が、そのデジカメを咲音に差し出しながら、慣れた調子でウィンクをした。ウィンクを綺麗にするのは、なかなか難しい。なのに光流のウィンクはいつも綺麗に決まる。きっとやりなれてるんだろう…咲音はそれを見ながらそう考える。
受け取ったデジカメのスイッチを入れて、ちょうど正面に位置していた一番大きな木へとレンズを向けた。
「秘密なのに、教えて貰ってよかったの?」
「……」
咲音が特別だから、という回答を期待していなかったといえば、嘘になる。風景を一回切り取った咲音が、今度は黙ったままの光流へカメラを向けた。どこか遠くを見ていた光流は、それに気づいて視線をくれた。すかさず一枚。
「実は、もともと秘密の場所なんかじゃないんだ。ここ」
「どういうこと?」
「あの大きな木の少しいった先は緩い崖になっててさ。崖の下に神社があるんだ。ここも敷地的には、神社の境内の中なんだぜ。あの大きい木が御神木。……まぁ、俺も小さい頃は知らなかったけどな。後でばーちゃんに教えて貰ったんだ」
眩しそうに上を見上げる光流の目が、すっと狭められる。輝きをみつめるその表情が愛しくて、咲音はもう一枚、写真を撮った。
「ということは、つまり…」
「そ。秘密だと思ってたのは、俺たちだけ。大人は知ってても来ないだけだったってこと」
可笑しそうに…それでいて少し寂しそうに笑った光流が、手を伸ばしてきた。咲音はカメラを渡した。どこか遠くへとレンズが向けられて…また一枚写真が増えた。光流はもう何枚か撮ってから、鞄に仕舞うと歩き出す。昨日、「小さい頃に登った」と言っていた木だ。咲音も数歩後を歩く。
光流は、一番下の枝に手を伸ばして掴まると、あっという間に木の上へと登ってしまった。
「ここに、座ってたんだぜ」
「小さい頃…よく登れたね」
「長い縄跳びを持ち出して、それを使ったんだ。けっこう賢かっただろ」
軽口を叩いて、思い出すように目を閉じる。そこへ、気持ちの良い風が、音を立てて通り抜けた。光流の長めの髪が流される。風で揺れた木の葉の合間から、夏の日差しが一瞬だけ、差し込んできた。さっと煌めく光が、いつもより幼く見える表情の上を横切る。カメラが仕舞われてしまったのを、咲音は悔やんだ。今のこの一瞬を、切り取れたなら……。
「……お前も、来いよ」
座っている枝を叩いて、光流が誘う。咲音は、手が届かないような錯覚を覚える光流の表情に見とれてしまっていて、返事が一瞬遅れた。光流はそんなことに気づかぬようで、遠くを見ている。今行くと返事をして、枝を見上げた。既に大人一人の体重を支えている枝に登るのは気が引けたため、光流の枝から90度強ほど離れた枝に手を掛ける。光流ほどすんなりとはいかなかったが、咲音も木の上の人となった。ちょっと木の上へ登っただけなのに、まるで世界が違ってみるようだ。光流と向かい合うように座る。
「咲音」
呼ばれただけで、分かってしまった。二人の手が、それぞれ幹をしっかりと掴み、木の枝を握る指に力を込めた。前屈みになるようにして顔を近づける。ほんの少しだけ、唇が触れた。木の上のキス。
「光流」
もう、一度。
今度はもう少しだけ長く…。別々の枝の上にいるのに、この時間だけは、いつもよりお互いを近くに感じるのは、何故だろう。触れ合った唇は乾燥していて、柔らかい。もっと、と求める間だけ、森の中の空気がいっそう騒がしく聞こえた。
遠くで鳴る、木の葉の音
どこかで、風が遊んでいる
飛び立つ羽音
唇が離れたときには、乾いていたものが湿っていた。
「…大好きだよ、光流」
「知ってるよ」
「ありがとう…この場所を教えてくれて」
「ん」
好きだという言葉は相変わらず言ってもらえないけれど、
「俺が、お前とここに来たかったんだから…それで、いーんだよ」
今はこれだけで、満足しておこう。
木の枝の、高い方まで登っていく光流を、時々見上げながら咲音は写真を撮る。似ているようで居て、違う景色。雰囲気は何時も優しいのに、くるくると表情を変える森。…ふと、レンズを向けた向こうに、木では無いものが見えた気がした。
「……?」
咲音はカメラ越しではなく、肉眼で木の葉の向こうを見る……何もない。気のせいだろうか。じっとそちらを見て立ち止まっていたら、上からぱらぱらと葉っぱが落ちてきた。見上げれば、かなり高いところに光流が居る。
「光流! あんまり上に行くと危ないよ」
「わーかってるって」
あんまり、分かって居なさそうな口調だ。上の方は大分枝が細いだろうに…本当に大丈夫だろうか。咲音ははらはらしながら木を見上げた。
……そんな咲音を、幹の影から眺める人物が居た。すらりと細い体型をした、髪の長い女性だった。咲音の背側に位置する木の裏で、じっとその姿を追っている。
「……みつ、る…?」
その女性の唇が、ふと動く。それは、先ほど咲音が呼んだ名だった。確認するように、女性は音を出さずに口を動かす。しかしすぐに、咲音の姿へ意識を集中したようだ。もっとも…光流しか見ていない咲音の目は、その姿を捕らえることは無かった。
二人が宿に戻ったのは、昼近くになってからだった。光流は木登りをしまくったせいか、さすがに汗だくになっていた。咲音はその間、写真を撮っていただけなので、そうでもない。撮り貯められた写真は、切り取られて偽物になってしまったけれども、記憶よりも色鮮やかな記録として残される。デジカメから持参したノートPCにデータを移すため、昼食の前に部屋へ戻った。
「光流、汗流してきたら。デジカメは私がやっておくから」
「わりぃな」
光流は頷いて、タオルと着替えをひっつかんで、あっという間に部屋を出ていった。デジカメからデータを移す際、写真の何処かに、一度だけ見たような気がした「何か」を探そうとした。だが、見つからない。諦めてPCでの操作を終えて、昼食をどうするか考える。そうしている間に、行ったとき同様、あっという間に光流が帰ってきた。
「烏の行水だね」
「汗が流せりゃいーんだって。暑い昼から温泉に浸かる気にはならねぇし」
「それはそうと、お昼どうしようか」
「外で食おうぜ。どうせ車出すんだろ」
二人は、行きがけに夕食の用意を宿のオバサンに頼んでから、車で出かけた。ナビに頼りながら、想定されていた時間の1.5倍かけて、宮沢賢治資料館たどり着いた。……もっとも、帰りは2倍の時間がかかったので、行きのほうがマシだったかもしれない。
資料館から帰ってきた後、宿のオバサンが用意してくれた夕食の席に着いた。今日はもう移動の心配もないので、心おきなく酒も飲める。もっとも、宿のオバサンからは、酒を飲んですぐに温泉はやめたほうがいいと、忠告されたが。昨日と同様、食後はだらだら過ごすことになりそうだ。
「他の料理はそれなりだったけど、蕎麦だけは美味しかったね」
「あぁ、ここであのオジサンが打ってるつってたな。おみやげの売店に置いてたから、買って帰ろうぜ」
夕食後、ふらりふらりと部屋に帰りながら、のんびりと会話する。部屋についたら、予想通り、ふたりともだらけてしまう。温泉に入らないなら、こんな旅先ではやることなどそうないのだ。
「うーっ…太りそ」
布団に突っ伏して大きな伸びをしながら言ったのでは、あんまり危機感は感じられない。分かっていてもやめられない、というやつだ。ごろんと寝返りをうった光流の腹の上へ、手を伸ばした。だって、そこに居たら、触れたくなる。
「今のところ大丈夫そうだけど」
さわりと撫でて、からかうように咲音が笑う。服の上から感じる、皮膚の下についた筋肉。その筋肉の筋にそって指を滑らせる。くすぐったさに笑った光流が起きあがって、
「てめぇのも触らせろ」
咲音の腹部へ腕を出した。すかさず自分の布団へ逃げた咲音の上へのしかかるようにして、日に焼けた腕が伸びる。咲音は、それを捕まえると、強く引いた。
「積極的だね、ダーリン」
「誰がダーリンだ、誰が」
「嬉しいな、光流から乗ってきてくれるなんて」
「自分の都合いいように解釈すんなよ」
腕を引っ張られて、咲音に抱きつくような形になったまま、およそ色気のないやりとりが交わされる。けれど、光流が口で何と言おうとも、嫌がっていないのを知っているから、咲音はその身体を強く抱きしめた。光流の腕が、躊躇ってから、背中に回される。
「窓締めて、エアコン入れようぜ」
返事の変わりに、咲音は光流の唇を啄んだ。
Tシャツの中に白い腕が潜り込み、健康的に焼けた夏の肌をあらわにした。つーっとたどって、ズボンを僅かにずらす。水着のラインで、綺麗に肌の色が別れている。日焼けしていない部分を、更に露出させようと、咲音の手がベルトを外した。
「綺麗に焼けてるね」
「咲音と違って、室内プールだけじゃ満足できねぇんだよ」
「私だって、赤くひりひりにならなければ、外に付き合うよ」
光流の指のよって外された咲音のシャツのボタンを、脇によけるようにして光流の掌が白い肌へ触れた。なめらかさを楽しむように手をずらし、シャツを肩から落とす。
「もったいねぇな、いい体格してんのに」
「中途半端な肉体的適性だったってことだね」
伸びをするようにして、光流がTシャツを脱いだ。Tシャツが床へ放られるよりも早く、咲音の腕が素肌を求めるようにして光流を抱きしめる。冷えてきた室内の温度に、お互いの体温が気持ちいい。光流の首もとへ、甘えるようにして頭を乗せた。
「……」
光流は黙って咲音の頭を抱え込んだ。一度何か言葉を作ろうとした口は、音を発しないまま閉じられる。単語を探すよりも、もっといい方法に気づいたから。咲音の髪へ、くしゃりと指が潜り込んで、乱暴に撫でるようにして、掻き混ぜた。不器用なのに、酷く優しい手つき。こういうときだけは、咲音は年下に戻った。普段のスタンスがどうであれ、光流が生きてきた年月と、咲音が生きてきた年月の長さは、違う。永遠に埋められることのない差。それを感じる瞬間。やるせないのに…なのに、包まれる優しさが心地よいから、咲音は今だけならばと光流の腕に甘えた。
「…咲音…」
名前を呼ばれて、また肌を味わうように指を這わせる。こうやって甘やかしてくれる一瞬があるから、咲音はまた光流から離れられなくなる。もっともっと、独り占めしたくてたまらなくなる。抱きしめてめちゃくちゃにして、自分だけのものだと、閉じこめてしまいたくなる…。光流は何時も、自分を壊そうとする咲音の腕を、最終的には受け止めてくれる。だから、勘違いしそうになるのだ。この身体は…この人の心は、自分のものだと……。
本当は、違うのに。
違うと分かっていても…その一瞬だけでも良いから…自分の元に閉じこめたくて。光流を抱く手に、咲音は力を込めた。ぞくりと夜の始まりを知らせるために。光流も、求めていない振りをして繋がる瞬間の熱を…望んでいるはずだと信じて。
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
Homeに戻る
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =