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光の庭 …秘密の場所…
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光の庭

0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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木の後ろの咲音は、警戒するような光流の声を、黙って聞いていた。まだ、出ていくつもりはなかった。

「酷いな、あたしのこと忘れちゃったの? 全然気づいてくれないから、声かけたのに…」

「忘れた…?……あっ!…もしか、して…?」

光流の前に降りた女の人は、にこやかに光流に対峙した。高めにくくったポニーテールが、よく似合っている勝ち気な顔。ジーンズの上に、チャイナ風の膝丈ワンピースを重ねている。木登りの時、よくスカートが破れなかったものだ。ずいぶんと、背の高い女性だ。光流よりは低いが、170は超えているだろう。

警戒を崩さない光流が、まっすぐに女の人を見据える。

「……カオリ?」

「当たり」

咲音の知らない名前だった。当然だ…自分が知らない名が光流の中にあっても、不思議ではない。むしろ、当たり前のことなのだ。わき上がってくる独占欲を抑えるように、咲音は掌を握りしめた。

そんな咲音のことなど知るはずもなく、その女性は安心させるように、光流に笑いかけた。まるで、真夏の太陽のような笑い方だ。満面にぱっと広がる、眩しいくらいの笑顔。光流の記憶と、変わらない笑顔だった。そう、小さい頃この庭で遊んだとき、光流は一人ではなかった。もうひとり、女の子が一緒だった。最初は相手が昔遊んだ相手であることを、疑っていた光流だが、その笑みを見て、ようやく信用する気になったようだ。だが、それでもなお、光流の目が訝しげに女の人を見ていた。見られている方は気にせずに言葉を続ける。

「ミツルも覚えてたのね…この秘密の場所」

「あぁ、また…会えたな」

かなり、タイミングが悪いが。何故、一緒に旅行をしている時になって、現れるのだろうか。木のごつごつとした幹に、後頭部を押しつけて、目を閉じる。聞きたくないのに、聞かずには居られない…気になって仕方がない。その女は、誰…幼い頃に、記憶を共にした相手なのか? 咲音の中で、ぐるぐると疑問が渦巻く。

「にしても…驚いたな」

「偶然会えるなんて、ってこと?」

「あぁ、それもあるけどな。でも、それより…」

光流は、ようやくカオリから視線を外した。遠く木の向こうを眺めるように、目線をずらす。そして、言いにくそうに苦笑いを浮かべた。

「カオリが女の子じゃなかったなんて、小せえころは気づかなかった」

「!」

一瞬、息をのむ音。それから、張りつめていたものを、吐き出すように、長い溜息をついた。前髪をくしゃりとかきあげて、言い訳を探すように沈黙の空白を作る。しばらくして、カオリは短く呼気を吐き出すと、諦めたように光流に向き直った。

「よく、分かったわね」

「まぁな」

見慣れているからだろう。歌舞伎町には、もっとケバくてヤバイのから、並の女性より綺麗なのまで沢山居る。

「女でそこまで腰…尻回りが細いってのは、なかなか居ない。それに…足のサイズだな」

男女の見分けがつかないとき、光流は必ず靴を見る。大きければ男。小さめなら女だ。女性がガボガボの大きな靴を履いていない限り、これで見分けがつく。カオリは、自分の足下を見て、履いていたスニーカーのつま先で、地面をとんとんと叩いた。何かを納得している様子だ。

女だと思っていた相手は、どうやら男だったらしい…どうりで、性別が分からない声をしているはずだ。裏声のようなものを使っているのか、何か手術をしたのか…よくは分からないが。光流が悩むくらいなのだから、きっと女に間違えてしまうくらいの、容姿なのだろう。隠れている咲音は覗き込めずに…覗き込むつもりもなかったが…思考を巡らせる。

「にしても、カオリって名前…あれ?」

「両親が、女の子欲しがってたせいもあって、ね。それに、小さい頃は自分でも女の子だと思ってたのよ、あたし。自分が男だって知ったとき、ショックだったんだから」

「ははっ、じゃぁ昔みたいに『カオリちゃん』って呼んでもいいぜ?」

最初、警戒していた光流はもう居ない。人なつこい性格をしているせいもあるだろう、もう仲の良い昔にもどったような雰囲気が伝わってくる。……自分が入り込む余地が、無いような。突然、咲音を恐怖が襲った。それは、光流が離れていってしまうのではないかという、恐怖。誰かに、取られてしまうのではないかと…気ままに遊びに行って長く戻ってこない鳥が、永遠に戻ってこなくなってしまうのではないかと。

「それもいいかもね。…あっと、もう行かなきゃ。あたし、下降りたとこにあるペンションに泊まってるの。しばらく居るから、また会えるといいわね」

カオリは、腕時計で時間を知ると、手をひらひらとふりながら、戻っていった。幸いなことに、咲音が隠れている場所とは離れた場所を通り、木々の向こうへ消えていった。

「……もういいぜ、咲音」

突然、光流が咲音を呼んだ。

「ばれてたのか」

「そりゃ、な」

平気な振りをするのに、かなりの努力を要した。離れていかないで。何処かへ行ってしまわないで。あんな奴に…取られたくない。どうしよう…どうしていいのか、分からない。ゆっくりと近づいてくる光流が、側へくるはずなのに、どんどん遠ざかっている錯覚を覚える。

「ったく、どれくらいそこに居た? 蚊に刺されまくったんじゃねぇの?」

呆れが混ざった声で言って笑っている光流へ向かって、咲音は大きく一歩踏み出した。光流の腕を強く掴む。引かれた腕に逆らわず、光流の身体は腕の中へ納まった。

「……光流…っ」

抱きしめる腕の強さを、調節出来ない。ただ、離したくなくて、どうしようもなくて…。咲音の腕が痛いくらいのはずなのに、光流は逃げようとしなかった。ただ、眉根に皺を寄せながらも、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。そして、質問が出来ない咲音のために、口を開く。

「さっきの奴が、ここで一緒に遊んだ『女の子』だぜ…実はオカマだったから、ちょっと驚いたけどな。とりあえず、女じゃねぇから、少しは安心だろ? ただ、まぁ…会いたくねぇなら、無理に会う必要はねぇから…さ」

そんなことは、知っている。聞いていた…全て。相手の性別など、関係ない。自分が会うなど、思いも寄らなかった。ただ…それよりも、会って欲しくなかった。光流にカオリという相手に会って欲しくなかった。どうすれば、この鳥はずっと自分のところへ居てくれるのだろう? 旅行の間くらい、独り占めすることは、許されないのだろうか? 何故…どこかへさらわれようとしてしまうのだろうか。

歯切れ悪く説明する光流の身体を、また抱きしめ直す。暑い夏の空気を気にせず、それよりも、光流を離してしまうことの方が怖ろしいかのように。

少しして、ようやく咲音は光流の身体を離した。このまま抱きしめていたら、壊してもう何処にも行けないくらいに、めちゃくちゃにしてしまいそうだった。誤魔化すように、徐に写真を撮り始める。光流は、木陰に座ってそれをぼんやりと眺めていた。

光流に依存していることを、咲音は気づいていた。でも、どうしようもないのだ。好きで好きで仕方が無くて、どうしていいのか、分からなくなる。どうやったら閉じこめておけるのか、どうやったら捕らえておけるのか。そればかりを考えそうになる。閉じこめたら、光流が光流でなくなることくらい、分かっているのに。光流は、鳥というよりは風船のような存在だ。いつもどこかを漂っていなければ、生きていけない。どこかに閉じこめたら、あっというまにしぼんでしまう。

鳥が…風船が、どこかへふらりと行ってしまうたびに、不安になる。だから、戻ってきたときは押さえつけて逃げられないようにと…。けれど、捕らえたつもりになっているのは自分だけで、何時も風船の紐は指の間をすり抜けて、また空へと向かう。気持ちに捕らえられている咲音は、その場から動けずに、帰ってきてくれることを願いながら、小さくなって遠くなっていく風船を、見送ることしかできない。

結局、咲音はお昼を食べようと光流に誘われるまで、取り憑かれたように写真を撮っていた。二人並んで木の下に座ると、鞄の中で少しだけ潰れて、いびつな形になってしまったおにぎりを食べる。お茶がペットボトルのウーロン茶なのは、まぁ仕方がないだろう。

「やっぱり、お昼過ぎると…暑いね」

「ここは、比較的涼しい方なんだけどな」

「まだまだ、暑くなるけどね…やっぱり、暑い時間は避けて戻らない?」

嘘だった。ここに、居たくないのだ。もしかしたら…また、あの光流の昔遊んだ相手が、来るかも知れない。光流に、会わせたくなかった。少しでも、独占しておきたかった。光流は、それを知って知らずか、頷いた。

「そろそろ、あちぃよなぁ…そうだ、車出して、みやげもん買いに行こうぜ」

それを拒否するはずがなかった。

二人が帰ってきたのは、長い夏の日が沈みかけたころだった。車を停めて宿に戻る。車から入り口までの、短い距離。横から差し込んでくる、赤い夕陽の光。辺りをピンク色に染める色に、その声が重なった。

「ミツル」

お願いだ、振り向かないでくれ。旅行の間だけでよいから、自分だけを見ていて欲しい。……咲音の願いは届かなかった。光流が呼ばれた方を見た。咲音が立ち止まったせいで、自然と光流が前に出るような形になる。

確かに、ここらへんにはカオリの泊まるペンションと、この宿しかない。その気になれば簡単に来られてしまうことくらい、考慮しておくべきだった。なにも、あの場所だけが二人を繋ぐ場所ではなかったのだ。

「あ、こないだのちょーいい男! やっぱり一緒だったんだ」

駆け寄ってきたうるささは、普通の女と変わらない。嫌になって顔を背ける。おかげで、真っ直ぐ見つめてくる目を見ずに済んだ。

「やっぱり、って?」

「あらやだ、やっぱり気づいてなかったのね。あたし、一昨日ペンションで貴方たちに会ってるのよ」

「一昨日…? あっ、もしかして」

「そ、近くで食事してたでしょ。帰りがけにぶつかっちゃって…ごめんね」

謝るくらいなら、今すぐ帰って欲しい。イライラしてくるのと一緒に、みぞおちが重くなるような感覚を覚える。今すぐ、光流をこの場からさらって、どこかへ閉じこめて、ぼろぼろにして何処へも行けなくしてしまいたくなる。……だが、色んな意味で咲音の願いは、やっぱり叶わなかった。

「すごーい、背ぇ高い! 格好良い! あっ、あたしカオリって言うの。よろしくね」

光流に絡んでいるのは許せないが、こちらにこられても困る。というか、嫌だ。来ないで欲しい。表情がそれに思い切り表れてしまったらしい。光流がさっと前に出て、フォローをしてくれる。

「…カオリ、俺たちこれから飯だからさ」

「あら…怒らせちゃったみたい? ごめんなさい。それはそうと、食事に誘いに来たのよ。よければ一緒にどう?」

ようやく、そっぽを向いて渋面をつくっている咲音に気づいたらしいが、それでもなお誘ってくるとは。どういう神経をしているのだろうか。お願いだから、構わないで欲しい。そっとして置いて欲しい。二人きりの時間を、邪魔しないで欲しい。…今度の願いは、一応聞き届けられたようだった。

「ぁ〜悪ぃけど……」

言葉を濁して申し訳なさそうにしている光流が、断りを入れてくれる。

どうして、すぐに遠くへ行こうとするのだろう。どうして、少しでもここにとどまってはくれないのだろう。離したくない…違う、離せないのだ。咲音は部屋に戻るなり光流を抱きしめた。気持ちが落ち着かなくて、どうしようもなくて、SEXをする気にはなれなかったけれども…それでも、腕を緩めることが出来なかった。閉じこめておけないと分かっているのに、何度も身体を抱きしめた。

寝るときも、ずっと抱きしめていた。そこに光流が居ることを確かめるために。こんなことをしていては、きっといつかはこの大切な存在を、壊してしまうかも知れない。壊したくてたまらなくなるときも多いのに、壊したくない大切な恋人。思い悩むたびに、自分が側にいてはいけないのではないかという疑心に捕らわれる。なのに、離れることが出来ない。堂々巡りだ。そして、どうしようもなくなり、身動きが取れなくなるのだ。

光流の暖かさに誘い込まれて、どうにか思考の渦が途切れたのは、大分遅くなってからだった。最後に聞こえたのは、降り始めたらしい雨の音だった。近くにあるはずの光流の息が、遠くへいってしまっているようだ…。

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光の庭

0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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