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光の庭 …輝く香…
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光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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カオリが一歩近づくたびに、咲音の目が険しくなった。後ろでは服を正した光流が立ち上がった。その手が背中に触れてくる。
「女の子は苦手だって聞いたから、改めて…初めまして。あたし…僕は香輝(コウキ)。よろしく」
咲音の目の前に立ったカオリ…否、香輝は、咲音に向けて手を差し出した。握手は成立せず、宙に浮いたままとなるが。どうやら、カオリというのは偽名かニックネームのようなものらしい。香輝という名が本名なのだろうか。だが、そんなことは関係ない。来ないで欲しかった所へ来た。それだけで排除すべき相手として認めるには、充分だ。
「貴方の名前、教えて」
睨んでいるのに、全く気にしていないらしい。まっすぐに咲音を見てきた。目つきが、女っぽいものではなくなっていた。鋭さの混じる、男の眼差し。
「……何故」
ようやく、短い答えを返した。本当は、何故名前を知りたがっているのかなどということは、どうでもよかった。咲音にとって重要なのは、光流をさらおうとする可能性のある相手だ、ということだけだ。……だが、咲音に戻ってきたのは、思いがけない言葉だった。
「貴方を好きになっちゃったから。ミツルが居たって関係ない…何もせずに諦めたくない」
……何と言ったんだ? この女…いや、男は。
自分を好きだといきなり言い出したカオリ…否、香輝の真意が知れない。そもそも、香輝がここへ来たのは、光流にあうためではなかったのか。そこへ何故自分の名前が出てくるのか理解が出来ない。それともこれは、何か算段をした上での虚言だろうか?
もし、言われた言葉が嘘ならば…この相手を徹底的に排するだけだ。もし、本当ならば…
「……私を? 光流ではなくて?」
「何でミツルなの? 確かに昔一緒に遊んだけど、それだけ。今僕は、君を見てるんだよ」
本当だろうか? ようやく、咲音は香輝を見た。必死な目。……嘘では、無さそうだ。ならば、自分にとって敵ではない。つまり、光流を奪われる恐れは、ないということだ。
「………咲音」
「さきと? ふーん、いい響きの名前。…じゃあ、咲音さん。僕は君のことが好きだ。この夏だけでもいい、付き合ってください」
雨が降りしきる中、傘をさして立っている香輝と、濡れっぱなしで申し出を受ける咲音。咲音の後ろに立つ光流だけが、今この場所で、異質なものだった。だが光流の視線は、二人を見ていなかった。どこか遠くを眺めて、ことの成り行きに対して、意図して無関心を装っているようにも見える。
「…ちょっとミツル。何で黙ってるの、恋人取られちゃうかもしれないんだよ?!」
それに気づいた香輝が、自分のことのように怒り始める。取ろうとしているのは自分だという自覚が少々欠けているらしい。強くなる雨音に叫びは吸収されたかのように、ゆっくりとした動作で光流は香輝を見た。
「カオリ…いや、香輝って呼ぶべきか? ま、どっちでもいいけどな」
一度言葉を句切ると、光流は咲音の前に出た。咲音の腰に腕が伸ばされる。咲音は光流の方へ引き寄せられた。逆らうつもりのない咲音の身体は、光流に寄り添った。光流を見ていたら、ちらりと見上げてきて、不敵に笑った。それだけで、嘘のように今までの不安がすっと遠のいた。
何故か、光流が何を言うか…何をするか、分かった気がした。だから、安心して香輝に視線を戻すことが出来た。
「こいつは、俺のもんなんだ。お前のもんになるわけ、ねぇんだよ」
それは、許しだった。咲音が、光流の側に居ても良いのだという、許可だった。先ほどまで自分を壊そうとしていた男を受け入れるという、告白だった。空から沢山の水が落ちてきて、あたりを暗くしているのに、光流の表情だけが自信に満ちて、光っているようだ。
「なっ…それって…!」
何て勝手で傲慢。何て自分中心で我が儘。そう言おうとした香輝の言葉は、咲音によって遮られた。
「本当に…?」
咲音の声は静かなのに、酷く響いた。光流から引き寄せてくれた腕を掴んで、光流に向き直る。…もう、すでに香輝のことなど見ていなかった。
「何を今更言ってんだよ」
「…本当に……? 光流、私は…っ…」
いつもより、ずっと幼く見える、少年のような大人。泣きそうなのは、気のせいだろう。目が潤んでいるのも、気のせいに違いない。何しろ、沢山雨が降っているのだから、全てそのせいにしてしまえばいい。光流の手が、甘やかすように、濡れた髪をそっと撫でてくれる。それが、心地よい。気持ちがいい…酷く、安心する。
「私は、光流の物で居ても…いいの?」
「お前が、そう願ってる限り、な。ほら…行こうぜ、風邪引くぞ」
光流に促されて、咲音は歩き出した。後に残されたのは、香輝だけだ。
「……何、それ………」
小さい、悔しさと哀しさに満ちた声は、雨音に消えた。そして、もう光流しか見ていない咲音に、届くことはなかった。
最初は、ほんの軽い気持ちだった。
目の前に現れた、好みの男。
恋のライバルは始めから居たけれど、
傷害があるほど夢中になるものだ。
計算外だったのは、こんなにも好きになってしまったこと。
気が付いたら、遊びじゃ済ませないくらいに、
好きになってしまっていたこと。
本気の恋なんか、するつもりはなかったのに。
夏にする恋ほど、虚しい物はないと知っていたのに。
何故、こんな短い間に、惹かれてしまったのだろう?
二人は宿に帰ると、まず温泉に浸かった。雨で冷やされた身体が、じんわりと暖められていく。部屋に戻って、扉を閉めるなり、咲音は光流を抱きすくめた。
「光流…」
「ん?」
「…大好きだよ、愛してる」
「んなこた、知ってるよ」
光流の腕が、咲音の背を抱き返してくれる。力を込めていた腕から少しずつ力を抜いた。光流はその中で居心地の良い場所を探すと、咲音の肩へ頭を乗せる。首筋に頬を寄せてくる光流が、暖かい。ふっと吐かれた息を感じる。
あぁ…今だけでも、光流はこの腕の中にいる。
押さえつけても居ない、捕らえても居ない。けれど…今だけだとしても…愛しい恋人は、ここに居てくれている。ぞれだけなのに、何でこんなにも、嬉しいのだろう。雨に濡れていたときの寂しさが…遠のいていく。記憶の隅へ押しやられていく。あるのはただ、好きだという気持ち。大切にしたいという愛情。
「光流…みつる……愛してる…愛してるよ…」
「分かってるよ。だから、俺はここに居るんだろ」
雨は、夜に入る前にあがった。次の日は、いつものように快晴だ。ただ、雨が降ったせいか、空気が少しだけひんやりしている。午前中に出かけた二人は、また庭へと来ていた。二人にふりかかるのは、木の葉を通した優しい太陽。二人を包んでいるのは、雨上がりの森の後の、独特な夏の肌に心地よい空気。光流は、一本の木の根本に腰掛け、幹にもたれかかって寝てしまっている。その隣に、咲音が黙って静かに座っていた。
向けられる眼差しは、昨日までの悲痛なものではない。一時の間忘れていた、優しい光流にのみむけられる瞳。木々のざわめきに紛れてしまう、小さな寝息を間近で感じながら、無為に時間を過ごす。こういった時間が大切なことを、知っているから。
もう…今日の夜には家へ帰らなければ行けなかった。
真夏の光を魔法で切り取ったような場所とも、お別れだ。とても素敵な場所だと思う。…だが、咲音はここへまた来る気は無かった。この光溢れる庭では、ここを支配する光に森と山の囁きが、圧倒されている気がする。まるで、自分たちを見ているようで、辛い。
ゆっくりと、歩いてくる足音が聞こえた。香輝だ。咲音は、無言で唇に指を一本あてて、静かにするよう伝えると、隣の光流を見た。まだよく寝ている。立ち上がると、光流から離れた場所を指さして指定し、歩き出した。
「何の用? 光流が寝てるんだ、静かに手短に頼む」
「……何の用かなんて、分かってるでしょ…酷いわね」
口調が、女言葉に戻ってしまっている。深呼吸して気持ちを落ち着けてから、香輝は口を開く。聞きたいことがある、と切り出してきた。
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光の庭
0:記憶の場所 1:木陰と雲の中 2:光の庭
3:木の枝の上 4:名前呼ぶ声 5:秘密の場所
6:雨の庭 7:輝く香 8:籠の中の音 9:光追う手
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