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光の音 …ひかりのおと…
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光の音
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咲音が起きたのは、どこからか聞こえる、水を使う音のせいだった。時計は5時半を回っていて、いつの間にか幸せな気持ちで寝てしまったらしい。こんな時間まで熟睡していたことに、時計を見て気づいた。手の中には、まだパジャマ。起きあがれば、咲音の側で寝ていた猫も起きてベッドを降りると、ふぃと何処かへ行ってしまった。
「光流、帰ってきてるんだ…」
シャワーの音の主が、すぐに同居している自称恋人のものだと知ると、そう呟いて、大きく伸びをする。早い時間に寝てしまったせいか、もう眠くはない。そう言えば、シャワーも浴びずに寝てしまったんだったか…。一瞬だけ考えた後、咲音は光流が入っている浴室へと自分も向かった。
「光流、一緒入ってもいい?」
ドアを軽く叩いて、少しだけ開けると顔を覗かせ尋ねる。
「うわっ…驚かせるなよ。起きたの? 良いぜ、どうせ入らずに寝たんだろ」
「当たり」
一度顔を引っ込めてから、服を脱ぐと咲音は光流が先にいる浴室へ入った。浴室は広く、長身な男二人が入っても窮屈では無かった。
「もう髪洗っちゃった? 久しぶりに光流の髪洗いたいな」
「今身体洗い終わったトコ」
そう言って光流は、どうぞとばかりに浴槽の端に腰掛けて頭を突き出してくる。咲音は笑ってお湯をかけるとシャンプーを手にとって、柔らかく髪を洗い始めた。泡に包まれる、しなやかな髪。そこから伸びるうなじは、綺麗なラインを作って背中へ続いていく。その流れが咲音は好きだった。そこを指先でなぞってやると、
「くすぐってぇからやめろ…」
頭を差し出して、うつむいているようになっている光流から、くぐもった文句が発せられた。しかし、そう言われるともっとやりたくなってしまうのが咲音の性格だ。泡だらけの手で耳をくすぐり、首筋をたどる。そういう愛撫に慣れてきてしまっている光流の身体は、すぐにぴくりと反応を返す。
「や、めろって…っ」
慌てて手を伸ばしてやめさせようとするが、そんなのに捕まる咲音ではなかった。手は逃げてしまい、変わりに泡を流すシャワーが降り注ぐ。シャワーの中から、光流の舌打ちが聞こえる気がした。
頭を洗ってもらい終わった光流が立つ。二人が立って並ぶと、二人の身長差がさほど無いことがよく分かる。咲音の方が僅かばかり高く、そして体格もしっかりと筋肉が付いているせいか、多少大柄に見える。視線の高さはほぼ一緒で、同じ高さから光流の目が恨めしそうに咲音を睨んでいる。
「そんな誘うような目しないでよ、ダーリン」
「誰がダーリンだ、誰が…」
日常会話のようになってしまった、その会話をしながら光流がスポンジにボディソープをとっている。
「あれ? 身体はあらったんじゃないの」
「てめぇのを洗うんだろ、てめーのを。……。…要らねぇなら、自分でやれ」
あわあわのスポンジを押しつけられそうになり、咲音は慌てて洗って欲しいと頼むことになる。背中から洗い始め、腕…胸に腹、腰を通って足先まで。光流の洗い方には咲音と違って全く性的な物が含まれていない。わしゃわしゃと洗い切って、シャワーで流される。続いて、シャンプーを手に取る光流を見て、咲音は大人しく浴槽に腰掛けた。
今日は珍しく光流が自分からやってくれようとしているのだ。甘んじない手はないだろう…髪の間を通っていく光流の指を感じながら、咲音は幸せそうに目を閉じ…閉じた瞬間に、首筋をつるっと撫でられ、吃驚して顔を上げた。そこには、にやにや笑いをしている光流が居る。
「お返し」
悪戯っけたっぷりに言う光流へ咲音が文句を言おうとしたとたん、その顔面にシャワーがぶつけられた。
「ぶ…」
泡が全て流れ、髪がぺたんと顔にかかった咲音が、その前髪の間から鋭い視線を光流に投げた。これ以上怒らせるとヤバイ。そう察知した光流は、慌ててシャワーを止めると、一緒に入ろうと浴槽へ誘った。
ホストが住む高級マンションの浴槽は、たっぷりとしていて、泳げはしないが男二人が入っても多少湯が溢れる程度だ。お湯に入った後、しばらく無言になった。早朝の静かな気配が、ようやくここまで届いたかのように、時折水音がするのみだ。
それを破ったのは咲音だった。
「…パジャマ、ありがとう」
光流の方へ腕を伸ばして、こちらへ引き寄せるようにして言う。
「ばっ、馬鹿野郎。あれは両方気に入ったからたまたま2着買っただけで、片方がお前のもんってわけじゃねぇンだよっ」
考えていた言い訳は、するっと口を滑った。だが、うなじが湯に浸かっているせい以上に、赤くなってしまって視線を逸らしながらそんなことを言ったのでは、言葉が強がりであることを証明しているようなものだ。
「ふふ…でも、ありがとう」
お湯の中のせいか、軽く引っ張っただけで光流の身体は咲音に寄り添うように移動し、腕の中へ納まった。
「……ちぇ」
呟いて、咲音の肩へ頭が乗せられる。それを、しっかりと咲音は抱きしめた。
「愛してるよ、光流」
「ンなこた知ってるよ」
「うん…」
のぼせる前に二人は風呂を上がり、バスタオルにくるまって身体を拭うとベッドへと向かった。というのも、もう光流は寝る時間だからなのだが。ベッドには、抱きしめられていたせいかくしゃくしゃになってしまっている、新品のパジャマが2着
…その上に三毛猫が丸くなって寝ていた。
「こら、ここで寝るな」
光流は言いながら、パジャマごと猫をかかえるとリビングのソファの方へ移動させてしまう。そうしてから、ベッドへと寝ころんだ。
「こら、てめぇまで何してんだ」
ベッドに寝ころぶ光流の上に、覆い被さるようにしてくる咲音に、文句と共に蹴りが入る。もっとも咲音にすれば、一緒にお風呂に入っているときから、ずっと光流の肌に欲情していたわけで、更に湯上がりの全裸姿を見せつけられては、そろそろ我慢の限界がきているのだった。しかも、蹴りを入れた足が持ち上がることで、股間が目の前にさらされる。すかさず蹴ってきた足を捕まえると、咲音はにっこりと笑みを浮かべた。
「げっ…」
光流が露骨に嫌そうな顔をすると、さすがに咲音が傷ついた様子を見せた。それに気づいてしまうと、光流は弱い。つい甘やかしてしまうのだ。光流だって、好きな人に求められて嫌な気がするわけはない。……ただ、どうしてもその想いを口にするのはためらわれたが。
言ったらぜってぇつけあがる…。
それが理由である。そんなことを考えながら、光流は咲音を睨むが、抵抗はやめていた。
「……しょーがねぇなあ…」
甘やかしてしまう自分自身に仕方がないものだと呆れた言葉を漏らし、光流はゆっくりと咲音の身体を抱き寄せた。
「しょうがなく、私に抱かれるの?」
「ん? や、そーゆー意味じゃねぇよ」
拗ねたように聞いてくるのに、光流は首を振る。だが、咲音は信じて居なさそうだった。光流に好かれていないと思っている咲音からしてみれば、当然かもしれない。不意に、咲音の表情が泣きそうに歪む。
「……前は、抱けるだけで良かったのに…」
後半は、掠れて小さくなってしまって、殆ど聞こえない。ただ、何かをぼそぼそと続けていることだけが分かる。この科白に、今度は光流が眉に皺を寄せる番だった。
「ちょっとまて、てめぇ…抱ける、だけ…だと?」
今まで抱く専門だった光流が、誰かに抱かれると言うことは相当な覚悟がいったのだ。それを、だけと片付けられては納得いくわけがない。咲音の肩に引っかかっているバスタオルをひっつかむと、ぐっと引き寄せて睨む。
「…光流が嫌がってても…しょうがなく抱かれてくれてたんだとしても、それで満足できてたのに。。。」
何時の間に、欲張りになったのだろうか。気持ちまで全てが欲しいと、望むようになったのは…何時からだっただろうか。
「おい、咲音…それ、本気で言ってるのか?」
それではまるで、自分が抱かれるための存在みたいではないか。引き寄せて覗き込んだ咲音の顔は、まだ泣きそうなままだ。双方に、やりきれない思いが、行き詰まり始める。
――抱けるだけでも幸せだった相手の、気持ちまで欲しくて。…それでも、相手は振り向いてくれなくて…
――好きだからこそ、抱かれて居る相手が、身体だけを求めていて。…今までの愛の言葉が、信じられなくなって…
咲音が答えなくて、一瞬の沈黙が流れた後、耐えられなくなった光流が、掴んでいたバスタオルを離すのと一緒に、咲音を突き飛ばしてベッドを降りる。
「光流」
咄嗟に腕を掴んだ咲音の手が、勢いよく払わせる。
「離せや!」
「!」
咲音の表情は、一瞬にして泣きそうなものから、驚きへと変わり、ハッと光流の顔を見つめる。睨んでくる目は、いつものように色っぽいけれど、違う。咲音に理由は分からなかったが、とにかく光流は怒っているらしかった。
「光流…どうしたの?」
「どうした、やって? なめとんか」
やはり、光流は怒っている。しかも、そうとう怒っている。その証拠に、標準語が崩れている。怒ると関西弁に戻ってしまう癖は、治っていないらしい。咲音の今までの経験としては、何もしないでいると関西弁らしい(時々意味不明な)罵詈雑言が飛び出し、わけのわからないトコまで怒りをぶつけられることになる。なので、とりあえず実力行使で止めておいたほうが良い。
「光流、落ち着いて…まずは何で怒ってるのかを……」
「ふざけんなや! これで怒らん奴あらへんわ…くそっ、何見てん、いてこま…ぐぐ」
猛スピードで捲し立てようとするのを、とりあえずキスで口を塞ぐ。まだもごもごと何かを言おうとしているので、
「怒ると言葉戻るの、なおってないね」
指摘したとたん、一瞬黙る。
「くっそ、てめぇ、触んな! 離せ!」
キスした唇をぐっと手の甲で拭い、咲音を睨み付ける。両手を押さえつけ、とにかくベッドへ座らせる。二人とも風呂上がりで裸で、しかも早朝だということを忘れている。端から見ればとても間抜けなこと請け合いなのだが、本人たちは至って真面目だ。
「怒ってる理由聞いたら離すから、ちょっと落ち着いて、光流」
暴れる光流を押さえつけるのは、至難の業だ。何しろ、男同士な上に体格に大差はない。光流が大人しくなった頃には、二人とも息が上がりかけていた。
「……で、光流。何で怒ってたの」
「離すのが先や」
「離したら逃げるでしょ」
「逃げへん」
「……」
仕方なく、咲音が折れた。押さえつけていた腕を放し、光流に並んでベッドへ腰掛ける。しかし、なかなか光流は話し出さない。促すように隣を見たら、何故怒っていたのかを真剣に思い出そうとしているようだった。……何だか、馬鹿馬鹿しくなってくる。
「もーええ、疲れたわ、寝よ」
「えっ、ちょっと待ってよ。光流っ」
「もう6時になるで、会社行け、会社! 俺は寝る!」
咲音は、迫っている時間に負けて、結局寝室を追い出されてしまった。一人になった光流はベッドへと倒れ込む。
「ちくしょ…」
枕に顔を埋める。光流は、怒っていた理由を、怒りやどたばたで忘れたわけではなかった。
「咲音が要るんは身体だけやったら、俺は…どうしたらええ…?」
呟く。
ずっと、信じてきていた。咲音の好きだという言葉を、信じてきていた。だからこそ、咲音を好きだからこそ、光流は身体を預けてきた。それがもし、身体だけの関係だったと、確認してしまった後が怖かった。きっと、もう一緒には居られないだろう。だが、光流は身体だけの関係だったとしても、咲音と、もう少し一緒にいたかった。だから、怒った理由を言わずにいた。
せめて、もう一晩くらい…一緒に……。
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光の音
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