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光の音 …おと…
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光の音
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夜は嫌いだ。

ざわめきと喧騒で、明るく煌いていた世界が覆われていく……明るい、都会の夜。

夜のとばりが降りる前、珍しく仕事がはやく引けた。こんなときこそ、スーパーフレックスタイム制とかいう、名前だけでほとんど利用者の居ないシステムを使うべきだろう。そんなわけで、私は早々と家路についた。まだ時計は17時……家に愛しの恋人がまだ居る時間だ。こんな時間に帰ったら、驚くに違いない。

「ただいま」

家の玄関の鍵は開いており、てっきり居るものと思って声をかけながら中へ入るが、返事はない。答えはすぐに知れて、冷たい冷房の風が流れ込んでくるリビングのソファで、恋人は寝ていた。テーブルの上には荷物がいくつかおいてあり、買い物に出かけたことが知れる。

「あ、セカンドフラッシュ」

机の上にある袋は大きいものがひとつ、小さいものがひとつだった。小さいほうには紅茶と珈琲が入っている。紅茶は恋人がひいきにしている、マリアージュ・フレールのもので、その正体はダージリンのセカンドフラッシュだった。私の好きなアールグレイまであった…本人は飲まないと言うのに、私のために買ってきてくれた、と考えるのは自惚れだろうか…。珍しく珈琲豆まであると思ったら、恋人の好きな豆。大きい袋はテープで封がしてあったので、中身は後で恋人に聞くことにしよう。



私は恋人が寝ているソファへ行き、足元へ丸まって一緒に寝ている猫をソファ下へつまみ出し(まったく邪魔な猫だ……恋人の猫でなければ、家の外へ放り出しているところなんだが)、恋人を起こしに掛かった。

「!」

ソファにかがみ込み、起こそうとした瞬間だった。甘ったるい香水の香り…ブランド物の化粧品の匂い…誰と行ってきたんだ? 咄嗟にテーブルへ置いてある買い物の形跡を振り返る。仕事で女を相手にするのは許せる。だが、プライベートは別だ。恋人と一緒だったらしい見知らぬ女に碇を覚えながらも、肩へ手を掛けた。

「起きて、ダーリン」

何か呻いてすぐには起きないが、おそらく誰がダーリンだ、とか言っているつもりなのだろう。そんなことは気にせず、軽く開いている唇へキスを落とす。薄めの唇なのに、何故か柔らかいのが不思議だ。

「んで、こんな早く帰って来てんだお前…」

「恋人に会いたくて、に決まってるでしょ」

「サキト、仕事は?」

「ちょうどキリが良かったから終わりにして来ちゃったよ」

うっすらと開いてはこちらを見、また閉じてうとうとする、恋人の目元に唇を寄せる。いくつも啄んで、時々頬へ触れて…閉じた瞼へと触り、切れ長の眦を掠める。軽く脱色して茶色っぽくなっている髪をくしゃりと撫でて、離れた。

「全く、こんな冷房きつく効かせちゃって…風邪引いても知らないよ」

「よけーなお世話だ、ほっとけ」

「まぁ、もし風邪引いたらつきっきりで熱い看護をしてあげるけど」

そんなに嫌そうな顔をしなくても…。酷いな。そんな顔をするのならば、こちらにだって手がある。

「ねぇ…ダーリン」

「んだよ」

のっそりと起きあがって伸びをしている恋人の、首もとへすっと顔を寄せる。

「誰と居たの」

「……」

「甘い匂いが残ってる」

恋人は黙ったままだが、口の中で小さな舌打ちが聞こえた。

「アレ買いに行ったとき、たまたま客に会ったんだ。それだけ」

ぶっきらぼうに、言い捨てるような答えが返ってくる。多分、その答えは本当なのだろう。でも…何故だろうか。心の中の何処かが、それでも何かを許せずにいる。私の凶暴性に火が付きかけているのを察知したのだろう、恋人がさりげない仕草でソファの上から逃げようとする。

「まだ仕事には時間があるでしょ」

「っ!」

強い力で肩を掴むと、ソファへ引き戻して押し倒す。息の詰まった音が聞こえるが、気にしない。このまま、恋人を壊してしまえたら、どんなに楽しいだろうか。残酷な想像をそのまま実行しようと、恋人の服へ手を掛け、引き裂こうとしたときだった。

「サキト」

「!!」

押さえつけられている状態から、無理に手を伸ばし、首筋に抱きついてきていたのは、壊そうとしていた恋人だった。ぎゅっと抱きしめられ、背中を優しく叩かれる。……それだけで、私の中の火はふっと吹き消されてしまっていた。

「馬鹿野郎…問題にするとこ、間違ってるぞ。お前」

「……」

頷いて、了承の印に恋人の名を呼ぶ。抱きついている恋人をそのままに、ゆっくりとソファへ落ち着くと、抱きしめ返した。肩へ寄せられる恋人の体温が気持ちいい。恋人から、こうして触れてくることは、珍しいことだった。こちらから触れれば、触れ返しもしてくれるが、決して恋人から求められたことは無い。……何しろ、恋人だと言い張っているのは、私だけなのだから。

好き…愛してる…愛の言葉は私が伝えるのみで、返ってくることは無い。望めば、身体を求め一つに重なりはしても、それを恋人から求められることは無い。私にあるのは、嫌われてはいない、という事実だった。だからこそ、想いを伝え、求める。何時かは…少しでも恋人の気持ちが、嫌いよりも好きに近づけばいいと、願って。

だから、いきなり抱きつかれた私は、すっかりと有頂天になってしまって、恋人を壊すどころではなくなってしまっていたのだ。乾いた唇が、口端に僅かに触れて離れていく。

「見たんだろ、紅茶。いれようぜ」

ソファを立って、私を見下ろしながらニヤリと不敵に笑って言う恋人は、もういつもの強気でワイルドな人を寄せ付けない雰囲気に戻ってしまっていた。恋人が手ずからいれてくれる、ダージリンのセカンドフラッシュを飲む。マスカット・フレーバー…とはちょっと行かないけれども、なかなか美味しい茶葉だった。



恋人は、そこにある袋の中見ていいぞ、とだけ言って仕事へ言ってしまった。私が普通の会社へ勤めるサラリーマンなのに対し、恋人は歌舞伎町で顔を売るホストをやっている。今思えば、何故出会えたのか不思議だ。生活時間がこんなにも違うのに。オートクチュールのスーツをスマートに着こなし、どこぞのブランド物らしいネクタイをきゅっと締めた姿は、贔屓目に見なくても格好良い。ロレックスの腕時計をはめ、ネクタイピンまで他に合わせたものを選び、最後は整髪剤で軽く髪を上げると準備完了だ。

用意する姿を、猫を膝に乗せながら(猫が恋人にくっついているよりは、自分で構ってやった方がマシだ)眺めていたら、その視線に気づいたのか、綺麗なウィンクをぱちんと一つ貰った。その目もすぐにサングラスに覆われてしまう。最後、姿見でチェックを入れてから仕事に出ていくのだ。180に届きそうな長身、筋肉質でもたるんでもいない、程良い体付き。顔はシャープで怖い印象を与えがちで、それを切れ長の目が増長させている。もっとも、それらが女性を惹きつける魅力なのだろう。

その姿を猫と一緒に見送ってしまってから、はたと気づく。

結局、女のことをはぐらかされた気がする。猫を放り出すと、夕食の支度にかかった。ついでに明日の朝ご飯の下ごしらえに、昼ご飯(恋人用だ)の下準備も済ませてしまう。食事を一緒にすることは、滅多にない。お互いの休日が重なったときくらいだが、私は土日休みなのに対し、恋人は不定期にしか休めず、しかも土曜日は稼ぎ時なので重なった試しがない。

一人で夕食を突き…いや、横でキャットフードを食べている猫も居るが…虚しい気分に襲われる。恋人と出会って1年以上…一緒に暮らし初めてから半年はたっている。それなのに、好きだとも言ってもらえず、触れてくれることすら稀で…何故、私はここに居るのか分からなくなってくる。私は恋人を抱きはするけれども、それだって私が望んでの行為であり、恋人から望まれたことは無い。そもそも、恋人は誰かに抱かれるよりも、抱く方を望んでいたのだから。

それを、無理矢理ねじ伏せ、自分の思い通りにし、内側に潜む破壊衝動のままに征服したのは、自分自身だ。傷つけて無理強いをして、なのに何故まだ側に置いてくれるのだろうか。私の数倍稼ぐ恋人が、お金に困っているわけでもないだろう。私が出来ることと言えば、料理くらいだが…家政夫を置きたいわけでもないだろう。何故、何故…一緒にいるのか、最近特に分からなくなっている。

最初のうちは、恋人の強気に負けないよう、なんとか自分のペースに巻き込もうと躍起になっていた。だが、例え表面上恋人を翻弄して見せても、何時も何か敵わないで居る。違う、そうじゃない、そうじゃなくて…。………。……やめよう、一人で食べるご飯はただでさえ美味しくないのに、これ以上不味くする必要はない。

もそもそと食べ終わり、片付けも済ませると、恋人が開けて良いと言っていた袋が目に入った。そういえば、何が入っているのだろうか。中から出てきたのは、2着のパジャマだった。取り出した物を寝室へ持っていき、2枚並べて広げた。

「……」

お揃いのパジャマ。色違いで…きっとおそらく、渋茶色のパジャマが私のだろう。にしても、お揃いの寝間着なんて、似合わないことをする…何故買ってきてくれたのだろう? その理由を考えると幸せになりすぎて、なんとか最悪の予想を考えて、自分をセーブしようとするが難しかった。2枚のパジャマを抱いてベッドへ寝ころんだ。今日は、いつもより幸せな気持ちで眠れそうだった。

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光の音
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