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光の音番外…伸ばせない手を縛っているもの…
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どうしよう…。
手を伸ばそうとする。だが伸ばせない。
どうしよう……。
手を伸ばす。だが引っ込める。
どうしよう………。
手を伸ばす。わずかに、触れた。
こんなとき、強がっている普段の自分が、嫌になる。何があったわけでもないのに、無性に甘えたくなる瞬間。暖かい腕の中にうずくまって、広い胸に頭を押し付けたい。…そうしたいのに、自分の中の強がっているどこかが、それを拒否する。
本当は簡単なのだ。
手を伸ばして、抱きつくだけでいい。そうすれば、受け入れられる。細く長い、でもごつごつした手が、甘やかしてくれる。分かっている。でも出来ない。
どうしよう、どうしてよいのか分からない。たったこれだけのことなのに。情けなくて、寂しくなって、泣きそうになる。気づいてもらえることを祈るだけで、全てを終わらせてしまおうとする自分が居る。そんな自分が嫌だった。
こっちを見て。
抱きしめて。
愛してるって囁いて。
女々しい願いが頭の中をよぎる。無意識に伸ばしかけていた手を、引き戻した。
昼近い土曜日の午前中。ぼやけた頭を引きずるようにして、身体を起こした。ベッドに座り込み、ぼーっと天井を見上げる。開けっ放しになっている寝室のドアから、猫がにゃーと鳴きながら入ってきた。ベッドにあがってきて、胡坐を組んだ足の上に、居座った。丸まってしまった猫を撫でる。まだ頭が回らない。猫が暖かくて、せっかく布団から出たのに、またうとうとしてきそうになった。
だらだらと立ち上がろうとすると、猫はひざから落とされ、ととと…と出て行った。ベッドの縁に座って、再びぼーっとする。猫が寝室から出てくるのを見て、咲音がリビングから顔をのぞかせる。光流が起きたことを知ると、自然と口元がゆるむ。咲音と一緒に寝室に流れてきた匂いは、昼食の匂いだ。穏やかな、生活の香り。それに気づいて、光流が顔を上げた。
「起きた?」
「ん…」
「ココア、飲む?」
「……ん」
そのうちにココアのにおいがしてきて、しばらくしたら温かいミルクココアが運ばれてきた。手渡されたものを、吹き冷ましてゆっくりと飲む。ゆっくり、ゆっくり飲んでいるうちに、ようやく頭がはっきりしてきた。
「ありがと」
「ふふ、おはよう」
「…はよ…」
今更の挨拶に、照れくさくなって少し笑いながら、空になったコップを手に立ち上がった。
「お昼ご飯、出来てるよ」
「至れり尽くせりだな…」
思わずつぶやいたら、寝乱れたままの髪を、くしゃくしゃっと撫でられた。……その手に、頭を押しつけたのは、無意識のうちに甘えようとしているからかもしれない。二人で昼食を食べ終えて、光流は仕事へ出かけるまでの時間を、のんびりとすごす。平日だと一人で無為に過ぎていく時間も、今は一人じゃないことが嬉しい。ソファに並んで座って、肩に頭を預ける。心地よいひと時。
仕事に行きたくなくなる。平日だと、人恋しさが強くて、そうは思わないのに。光流の膝に猫が乗ってきた。そっと身体を撫でる。と、咲音の腕もまた、光流の背中をそっと撫でた。
「……なんだよ」
「何でもない」
はぐらかしておきながら、含み笑い。それを見て光流が軽くふくれる。咲音はまた笑って、背中を暖かい手で何度もさすっていく。それが心地よくて、光流の目が無意識のうちに狭まった。……そして、あくび。
「ふわ…」
「眠くなった?」
「ん…これから仕事、行く気がしねぇ」
「仕事に行きたくない」という意味にも、「今が仕事に行く雰囲気ではない」という意味にもとれる、曖昧な言葉。もう一度小さなあくびを漏らしたら、咲音の手が一度止まった。
「……私も、普段の朝は、いつもそうだよ」
光流の顔をのぞき込んで、咲音がキスを一つ奪う。
「いつも、光流の寝顔を眺めてたいな、って思う」
ゆっくりとした口調。
静かな声。
心安らぐ空気。
同じなのだと言うように、咲音が光流に一つうなずいて見せた。髪が、さらりと動くのが、何故か鮮明に見える。首を縦に振るとき一緒に目も伏せるのは、咲音の癖だったことを思いだす。
今しかない。
何故か、光流はそう思った。思ったと同時に、手は動いていた。抱きつくようでいて、抱き寄せるような仕草。腕の中に咲音を抱き込みたいのと、咲音に抱きつきたいのと、一度にかなえようとした結果だった。深く深呼吸して、頭を肩に押しつける。猫が膝から逃げていく。
「ふふ」
珍しい光流の行動に最初は驚いた咲音が、余裕を取り戻すと嬉しそうに笑った。光流を抱きしめ返す。甘えているようでいて、甘やかされているような、不思議な感覚。光流は顔を上げて咲音の眼鏡を奪った。さっきの一瞬、普段何気なく眼鏡で隠れている部分が、酷く色っぽいことに気づいてしまったのだ。
首を伸ばし、咲音の目尻に口づける。
…ちゅ。。。
もう片方にも。
……んちゅ。。。
幼くて、かわいらしさが残る、他愛もない感触と音。それがとても愛しくて、咲音は光流の身体を強く抱きしめ直した。指の先に力を込めて、今自分の側にいてくれる存在を確かめる。
「光流…愛してるよ」
「んなこた、知ってるよ」
恥ずかしい愛の台詞を返す代わりに、光流はいつもの言葉をつぶやいて、咲音の頭を腕の中に抱き込んだ。
どうしよう…。
手を伸ばそうとする。そのタイミングをずっと待っていた。
どうしよう……。
手を伸ばす。その手を引っ込められなくて。
どうしよう………。
手を伸ばす。わずかに、触れた。
大丈夫、簡単だ。触れたいなら、そのタイミングを逃さなければいい。邪魔しているのは自分のプライドだけなのだから。つかめば、笑って引き寄せてくれる腕があることを、知っている。後は、抱きしめ返してくれるのに甘えて、顔を押しつけて、目を閉じればいいだけだ。
甘えられないなんていうのは、自分の思いこみだ。そんなもの、捨ててしまえばいい。出来ないのではなく、出来ないと思いこんでいてやろうとしていなかっただけなのだ。たまには、頑張ってる自分のご褒美に、暖かい腕が頭を撫でてくれるのを強請ったっていい。
気づいてもらえるのを待っていたら、疲れてしまう。気づかなければいけない責を負わせるより、自分が手を伸ばせばいい。ただ、それだけのことなのに、本当には分かってなかった。知ってるだけで分かってるふりをしていた。
こっちを見て。
抱きしめて。
愛してるって囁いて。
手を伸ばしただけで、望んでいたものが全て手に入った。伸ばした手を引かれ、顔をのぞき込まれ、抱きすくめられ……耳元に囁きが聞こえる。
「愛してるよ、光流」
頷いて、抱き返す腕に、力を込めた。甘え下手なのだと思いこんでいた自分と、さよならするために。
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後書きもどき。
ある時、ふと思いついて…というよりは、自分の現状を文章にしたくて、がりがりっと最初の方だけ書いてありました。でも、そのときは「どうしようもできない」自分のまま、止まってしまっていました。どうして良いのか、分からなくて。
でも、今は答えが出ています。甘えられなくてどうしようもない、って思いこんでいただけなんですよね。結局は。つまり、伸ばせない手を縛っていたのは自分自身だったということです。それに気づくのに時間がかかってしまいました。
このSSを書きかけだったことは、オイラの中ですっかり忘れ去られていたのですが、今日ふと思い出しまして。思い出しついでに書き上げてしまいました。皆さんも「出来ない!」って思ってことの「出来ない原因」は、案外自分の思いこみかもしれませんよ。
ところで、相変わらず試験的に光の音の番外編のページだけ、CSSを使っています。読みにくいですかね…? あんまり使いたくないのですが、fontタグが非推奨になったのを考えると…どうしたものかと思ってしまうのですよ。むーん。
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