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夜の茶会にパウンドケーキ …パウンドケーキ…
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夜の茶会にパウンドケーキ
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「どうしたの、ミツルくんってば」

「えっ? …あ、あぁごめん…考え事してた」

「何よ、何考えてたの」

「そりゃぁ…どうやったらミキちゃんを口説き落とせるかな、ってね」

「ふふっ、馬鹿ねぇ…言い訳するなら、もっと信憑性あるのにしなさいよ」

一笑されてしまった。

光流は、昨日電話で約束を取り付けた女性と食事に来ていた。店は、昨日咲音と食事をしたのと同じ店だった。だが…何かが引っかかっていた。

もうちょっと、落ち着いて綺麗な店だと思っていた。外に見える夜景だって、昨日の方が断然輝いていた気がする。

そう考えながら、また周りを見ていたら、メインの料理が運ばれてきた。今日チョイスしたのは、魚好きな彼女のために、スズキのムニエルだった。ここの店のものは、ソースに生姜がきいていて、それが気に入っていたので試しに勧めてみたのだ。ちなみに、前菜は旬の魚を使ったエスカベッシュ。ワイン好きな彼女のために、白ワインをボトルで取って、その白ワインが前菜からメインの相手までこなしている。

「ここのムニエル、ソースがなかなか面白いんだ…試してみて」

「………あら、何かしらこれ…良く知ってる味なのに…すごくサッパリしてて…」

口元を抑えて考え込んでいる相手を見て、光流は微笑みを繕う。咲音の方が顔立ちが整っているので、目の前にいる顔の造形が昨日の夜より劣っているのは、まぁ仕方がないだろう。

けれども、何故か酷く詰まらなく感じている…。

「生姜だよ…美味しいだろ」

「あ! 生姜かぁ…うん、すごくいい」

気に入ってくれたようだった。光流は、今日食べたスズキのムニエルも、昨日食べたラムの煮込みも、両方好きだったような気がしていた。なのに…今日のムニエルはあまり美味しくない気がする。

今まで何度も来たが、味が落ちていたことはなかった。…ので、店の怠慢というわけでもなさそうだ。

そのうち料理も進んで、ワインのボトルも空になり、デザートが運ばれてきた。ここの美味しくない紅茶を飲みたくない光流は、紅茶ではなく珈琲を頼んだ。カプチーノにしてもらうのだ。デザートは濃厚なベイクドチーズケーキにさっぱりとしたマンダリンオレンジのソースがかかっており、ラズベリーソルベが沿えてあった。もちろん、それは彼女用。光流はデザートを食べる気がしなくて、珈琲のみにしておいた。

「ミツルくんは食べないの? すっごく美味しいわよ」

「うーん。今は甘いものって気分じゃないなぁ…」

口先で言い訳をする。どうせ食べるのならば、咲音の焼いたケーキが食べたい。あぁ…明日が待ち遠しい。咲音はどうやらパウンドケーキを焼くようだったから、明日食べられるに違いないのだ。

……あぁ、そうか。

光流は、ようやく分かった気がした。昨日と今日の決定的な違いを。先ほどから引っかかっているものが、何であるかを。

昨日が、特別だったのだ。恋人と過ごす夜として、特別な時間だったのだ。特別な時間と、普通の時間を比べてしまうものだから、何かが足りない気がしてしまうのだ。今日、いくら物足りないからと言って原因を探しても…虚しいだけだ。

恋人と…咲音と、来なければ意味が無い………。

今日の引っかかりに、答えを見つけてしまって、光流はゆっくりと首を振った。今は、お客さんを相手にしている最中で、他のことは考えている場合ではないのだから…。



暖かい。ぬくぬくと包まれて、いい匂いにくるまれて…。

光流は、もっとそれらを求めようと、手を伸ばしてしっかりとぬくもりを引き寄せる。暖かいそこに頬を押し当て、離すまいと手の中に握り込んだ。

「光流…起きて、もうお昼だよ」

「ん……」

まだ、もうちょっと…心地よい場所に居たくて、嫌だというように首を振って、ぬるま湯のような中へ頭まで潜り込む。……やはり、気持ちがいい。

「もう…寝ぼけてるんだから…」

上から何か聞こえるが、気にしない。何しろ、ここは本当に居心地が良いのだ。

ベッドの中では、咲音が困った顔をしながらも、自分の胸にしがみついて離れようとしない恋人を、優しい目で見下ろしていた。

光流が包まれていたのは、咲音の腕だった。いい匂いだと感じていたのは、洗濯物と咲音の匂いが混ざったような、甘い匂いだった。頬を押しつけていたのは、もちろん咲音の胸だ。握りしめていたのは咲音のパジャマに他ならない。

「甘やかしすぎ…かな…」

呟きつつも、咲音はしっかりと光流を抱きしめた。しかし、そろそろ起きて貰わないとせっかくの休日が終わってしまう。咲音もせっかく会社を休んだのだ。胸元の光流の顔を覗き込み、髪を掬い上げると表れる額にキスをする。そんなことをしても、光流はのうのうと寝ているが。

キスは、目元や頬へとうつり、最終目的地である唇にたどり着いた。柔らかく吸い上げると、強請るように光流の唇が押し当てられる。咲音の舌が唇を割り、中へ忍び込んで光流の舌を絡め取り、ゆっくりと味わう。

「ん…ふ……」

起きているときでは、絶対に聞けないような甘い声が鼻先から漏れ…次の瞬間、光流はようやく目を覚ました。

「……!」

「…起きちゃったか、詰まらないな」

状況が飲み込めていない光流を、楽しそうに眺めながら咲音は飄々とそんなことを言った。

「お…起こすなら、もっとマトモなやりかたで……」

こういったことが初めてではない光流は、反論も尻すぼみにぼそぼそと文句を零し、照れた顔を布団の中へ隠してしまった。

「ふふ、可愛いなぁ…ほら、お昼食べよう」

言葉の前半は無視され、後半は快諾された。



昼ご飯は起き抜けの光流が作った。ご飯を炊飯器にセットし、炊きあがるまでの間に、おかずを作る。味噌汁は大根と里芋と牛蒡をたっぷり。マグロの切り身は照り焼きにして。あとは、ほうれん草とモヤシと人参の黒胡麻和えだ。時々咲音も手伝って、ご飯が炊けるのと同時に、食べ始める。

普段、料理はほとんど咲音がしているが、光流も作ろうとすればこれだけのものを作れる。いつもは作ってもらっているのだから、せめて休日くらいは自分で作ろう、という光流のささやかすぎる努力の表れだ。だが…。

「やっぱ、お前の料理のが美味しい…」

食べ終わって片づけの最中、流した皿を拭きながら、突然ぼそっと光流が言った。隣で最後の皿を流し水ですすいでいる咲音を、半眼でじろっと睨む。すると、えっ? と見返してくる目と視線が交わった。

「でも光流の料理、私は好きだよ」

「……お前の舌、どっかおかしーんじゃねぇの…」

咲音に言われて僅かに安心した光流が、緩く笑いながら軽口を叩く。

「でもさぁ…料理もだけど、掃除とか洗濯とか、お前が殆どやってくれてんじゃん…」

先ほど渡された、最後の皿を食器棚へ仕舞いながら、光流がくるりと振り返る。

「だからかもしれないけど、やっぱお前の料理のが美味いし、掃除も洗濯も要領いいし…俺って家主ってだけな気がしてくんだよなぁ。。。」

皿を拭いていた布巾を片付けると、伸びをしながらリビングへ向かう。小さく鳴いて寄ってきた三毛猫を抱き上げると、半分独り言のように、光流が続けた。

「咲音は家政夫でもねぇのに…」

自分の言っていることが納得いかないような様子で、猫に話しかけているが、内容としては明らかに咲音へ向けられている。目の前にいる猫は訳も分からずに、微かに鳴き声らしきものを上げたが、後ろに居る咲音は黙って、独り言らしきものを聞いていた。

「かと言って、俺がやってわざわざマズイ飯食うのもな〜…」

それも納得いかない光流は、首を振りながら猫を抱きしめてぐりぐりと頭を撫でると、解放してやった。光流の腕からすとんと床に降りた猫は、もぞもぞとソファの下へ潜り込んでいく。

貰っている愛情に比べれば、ほんの僅かかもしれないが、咲音に自分の気持ちを返したい。…と、殊勝にも光流が考えたのはいいのだが。考えるまでは良かったのだが…実際にどうやれば、愛情を返せるのかが分からないのだった…。

言葉にするのは苦手だし恥ずかしい。かといって、直接的な肉体表現も慣れない。お客さん相手…つまり、嘘だと分かっている相手なら、ぽんぽんと簡単に出てくる言葉が口に出来ず、女の子を腰抜けにさせるテクニックはあっても、男を誘う技術は知らなかった。それで、料理なんぞを作ってみたのだが…何かが違う気がしてならない。世の中は難しい。世の中は上手くいかない。光流がしみじみとそう感じつつ、猫が潜り込んでいるソファに腰掛けた。

後からずっと付いてきていた咲音も、その隣に座る。

「おやつくらいの時間に、お茶にしようか」

「ん…」

咲音が顔を覗き込んで確認を取ってくる。頷き返すと、それで決定というように、手が伸びてきて緩く髪をすくって離れた。……優しい瞳、穏やかな口調、優しい手つき。自分だけの物。自分だけに向けられる愛情。光流が、咲音は自分の物だと確信している根拠。

こうやって甘やかされて、それに甘んじているだけでは、駄目な気がするのだが…光流は伺うように隣を見るが、咲音は緩く笑みを浮かべると、置いてあった読み差しの本を手にしてしまった。何かを聞きそびれた気がする。

本を読んでいる咲音に寄りかかると、光流も雑誌を膝の上に開いた。だが、雑誌を読む気になれずに、ひたすら寄りかかっている相手のことを考えてしまう。

甘えているだけでは駄目なのならば…どうすれば良いのだろうか。

甘えないようにする…というのは、咲音が不満だろう。それに、やはり甘えたい部分はある。

甘えている礼をする…というのは、どうすれば礼が出来るかよく分からない。言葉で言うと嘘くさいし、態度に表すのはどうにも照れくさい。

甘えている分甘やかし返す…というのは、どうだろうか。これは、どうにかなりそうな気がする。直感でそう感じた光流は、思い立ったとたん起きあがって咲音を吃驚させた。

「ど、どうしたの」

「なんでもねぇ、気にすんな」

首を振ってそのままソファから立ち上がると、光流はソファ下から猫を引っ張り出し、無理矢理に抱き上げながら考え始めた。

咲音はなかなか甘えてくれないし、我が儘を言ったり聞き分けの悪いことをしたりしないから、どうやって甘やかせばよいのかよく分からない。……いや、もしかしたら自分が見逃したり聞き逃したりしているだけなのかもしれない、と光流は考え直して首を振った。最初は抵抗していたが、今は大人しく抱かれている猫が一緒になって首を震わせた。
咲音を甘やかす…朝叩き起こされてキスを強請られたら、素直に応じるとか……思いついたが、実行に移せなさそうな気がして、光流は無意識のうちに首を何度も振った。他には…ダーリンと呼ばれたら、ハニーと返してみるとか……余計に無理そうなので、光流はやっぱり首を振って唸った。

咲音は、そんな挙動不審な光流を不思議そうに、そして興味深そうに眺めていた。本を読むよりも、猫を抱えてうんうん唸りながら、首を振ってぐるぐる歩き回っている光流を見ている方が、面白そうだと思ったのだ。

凝視されていることにも気づかず、光流はまだソファの前を行ったり来たりし続けている。いつまで悩んでいるのだろうか…咲音は時計を見て確認した。

結局、光流は猫が腕から逃げて行ってしまったときに我に返ったらしかった。咲音は、詰まらない、と呟きを漏らしたが、幸いなことに光流に聞かれずに済んだ。

我に返った光流が誤魔化すように時計を見て猫を抱きながらぐるぐると歩き回っていた光流は足を止めて、時計を見た。

「…紅茶、飲むか?」

今日は紅茶を淹れて欲しいと言われていたことを思い出す。まずは、そこから咲音の願いを叶えていくのもいいかもしれない。



入れ立ての紅茶に、パウンドケーキ。咲音お手製で、光流が大好きなケーキだ。昨日の接客時に、あんなにも食べたいと思ってしまったケーキ…。

バターをたっぷり、小麦粉もたっぷり。卵を沢山、砂糖も沢山。胡桃にラムレーズン、時々、オレンジピール。たまに咲音の気が向くと、ココナッツやアーモンド、クコの実が入ったりする。今回は、ベーシックに胡桃とラムレーズン。

ふんわりしっとり甘くて重くて…まるで幸せの形をそのまま焼き上げたようだと、光流は食べながら何時も思う。ただ、口にしたことはない。言葉にしてしまうと、あまりに安っぽく聞こえてしまう。

紅茶とケーキを味わい終わって、二人で並んでぼーっとした時を過ごす。何もせずにただ隣に相手の体温を感じるということは、とてつもなく贅沢なことなのだから。

わざと、浅くだらしなく腰掛ける。隣の咲音に寄り掛かるために…横にある肩に頭を凭せ掛けるために。そうやって、頬を肩に押しつけて…味わうのだ、本物の幸せを。

触れていれば、少しでも自分が感じている幸せを伝えられる気がする。だから、今までよりも自分から咲音に手を伸ばそう、こちらへ来ないかと腕を伸ばして誘おう。どうやったら甘やかせるのか分からない。どうやったら抱え込んでいる想いを伝えられるか分からない。でも、すぐ隣へ触れることくらいなら、出来る。

光流の見つけた答えはこれだった。咲音が焼いてくれるパウンドケーキに詰まっているのと同じ、甘くて重い幸せを自分が存分に享受していることを、少しでも咲音に教えたくて。

「咲音…」

呼んだ名前と同じくらい、そぅっと、重ねた手の指を絡めた。

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