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ポリフォニー …甲斐:インベンション…
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甲斐の章
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馬鹿馬鹿しい。何だって俺がこんなパーティに出なければいけないんだ。本日の主賓である脂ぎった親父を睨み付けながら、心の中で毒づく。そもそも、隣に居る男からして気に入らない。概ね、父からの差し金だろう。

きつすぎるネクタイを指で軽く緩め、周囲へと視線を向かわせる。そのネクタイもスーツも果ては靴下まで、祖父が見立ててくれたものだ。一流のオートクチュールだから、50万はくだらないだろうが、俺の知ったことじゃない。とりあえず、スーツに合わせて作ってあるシャツの襟ぐりがきつすぎるんだ、あの駄目テーラー…。

祖父に伝えて置かなくては。その祖父は、日本と海外で活動している様々な系列の企業を傘下に置く、ミナミグループ、とかいう暑苦しそう…もとい暖かそうな名前のグループの会長だ。南海(みなみ)というのは俺の母の名で、分かりやすい親馬鹿ぶりを発揮された結果が、グループ名に集約されているわけだ。俺が代表取締役を務めている、化粧品会社も、そのグループの直下に納まっている。

父は、グループのすぐ下に俺の会社があるのが許せないのだろう。何しろ、父の会社は枝分かれした系列の先の、自動車の小さな部品を作る子会社を任されているのみだからな。俺や祖父からしてみれば、父の能力相応の地位だと思うのだが、父自身は今の地位を自分が婿養子だったせいにしている。

そして肝心の俺の母親と言えば、俺が生まれて一年ほどで交通事故で、他界してしまったと聞いている。この交通事故は、居眠り運転のトラックが信号無視して突っ込んできた道路に、ちょうど渡たろうとしていた小学生が居たことにより、起こった。母はその子供を助けようとしたらしい。

しかし、この事故の後、祖父が医療事業に熱心になったのを見ると、どうも交通事故自体ではなく、事故による怪我の治療時の、医療ミスが直接の死因になっているのではないかと、俺は思っている。俺が気づかないわけがないのに、未だに正しい原因を教えてくれないが…気遣いとして受け取っておき、放っておくことにしている。今のところ、祖父母の優しさを覆してまで、本当のことをわざわざ知る必要はない。

……と、いうことで、母親の記憶は全くなく、祖母に育てられたも同然だった。祖母は非常に古い考えの人間で、女という者は夫に仕えて、仕事には関わるべきではない、という考え方をしている。グループの会長の家にしては小さな建物に住み、そこを綺麗に整え、管理することを、自分の使命としていた。

俺の母が亡くなってからは、俺を育てることを生き甲斐とし、そのおかげで俺はかなり厳しく育てられた。母の夫…つまり、父の存在は無視して、俺は第一後継者として、教育を受けた。とりあえず、父には似ずにそれなりに優秀に出来ていた俺は、今こうして祖父の期待…そして孫への愛を背負って、ここにいるわけだ。

パーティの主賓は祖父の知り合いらしく、出席してくれと頼まれたが、祖父は現在半年に一度行う、健康の定期検査のため、昨日から明日まで入院中…つまり、俺は代理なわけだった。連れとなってしまっている男は、勝手についてきたおまけなわけだが…。

隣で良く喋る口をフル活動させている男を一瞥する…安物スーツ。こういうところで気が回らないから、父は祖父から遠ざけられているのだと思うんだが。周りを見渡せば一流の企業の幹部や、トップ女優、財界の重鎮やどこぞの知事、沢山の人がきている。この中でこのスーツは浮くだろうに。

安物スーツしか着られない、父の差し向けたスパイ……のつもりでいる男をじろりと見たら、さすがに不機嫌さが伝わったのだろう。口を閉じた。横を通り抜けていく騒音が一つ減っただけなのだが、まぁいい。そろそろパーティが始まる。



立食式のパーティ、テーブルの上に並べられる料理に飲み物の数々。人々の間を器用に縫って歩いているボーイから、深めのワイングラスにこぼれないようにとの配慮か少な目の量がつがれたワインを受け取る。くっついてきている男まで一緒に受け取っているが、まぁいい。父がパーティの参加費をきちんと払っているだろうから、手をつける権利はあるはずだ。

もっとも、さっきからお喋りばかりが上滑りしていて、肝心の俺の言葉を全く引き出せていないのが笑えるが。先ほど、主賓には形ばかり挨拶をすませてきたので、後は他の奴らに適当に合わせ、会社経営上必要な相手と軽く接触し…。

頭の中で考えたものを一瞬でまとめた後、隣でワインを美味そうに飲んでいる邪魔者を一瞥する。本当に邪魔だなこいつは…近づきたい相手に近づけないじゃないか。母の面影がある俺を、期待する以上に溺愛してくれている祖父からの頼みがなきゃ、こんなところに来るつもりは無かったが…そもそも、何のパーティだったか……。折角来のだから、やれることをやらなければ損だ。

そういうわけで、とりあえず横の男を巻くことに俺は成功した。不機嫌な顔は仕舞い込んで、過去の商談相手、また未来に必要になってくる相手を見つけては話しかけ、情報を交換し、面識を持ち…仕事のきっかけを作っていく。

だいたい一回りしたところだっただろうか、パーティ会場の端っこで、つまらなそうな顔をした男が目に入った。……というのも、その男はとても背がたかく、通った目鼻立ちで目立ったのだ。だからもちろん、俺が見たときもちょうど若い女性に話しかけられていた。

どうやら連れらしい女性が対応しているが、女性の気を引いたらしい当の男は面倒くさそうに、適当に相づちを打ってそっぽを向いてしまっている。…思い出した。最近人気のあるモデルだ。……確か、カツミ、という名前だった。

健康的に焼けた肌に、深くてはっきりとしたシャープな顔立ち…とりあえず、日本人には見えない。すらりと高い上背、引き締まった身体、全体的にワイルドなイメージだ。それでもスーツをスマートに着こなすあたりは、さすがモデルだろう。

どこだかの有名デザイナーのお気に入りだとか、何とかという人気カメラマンに目をかけてもらっているとか、色々話は聞く…とりあえず、薄暗い噂は聞かないから、そこまで悪い奴ではないのだろう。…むしろ、あの面倒くさそうな顔を見ると、法に触れるようなことをするなんて、面倒くさい…と思っているような気がしてならないが。

男遊びをするという話しは聞くが、まだ学生で若く、表向き伏せてあるがゲイだという話しだから、そんなものだろう。……俺はここまでを一瞬にして考えた。思考というのは慣れれば時間がかからないから、文字にして羅列すると結構な時間がかかるに違いないのを考えると、かなり便利だ。

今度自社のCMで使うモデルの候補の中に、彼も居た気がした。報告書もすでに受け取り、写真付きの彼の評価や履歴も目にしたはずだ。……だからこそ、こんなにも知っているのだが。

そこへ、もう一人…モデル候補にあがっていた人物が来た。

「甲斐さん、お久しぶりです」

「お元気ですか、さやかさん、今度またショーに出られるとか」

人の名前を覚えるのは得意だ。今でこそ売れているモデルだが、俺の会社の広告に使ったときは、彼女はまだ駆け出しだった。長いつきあいだが、仲が良いこととは関係がない。上辺だけのお世辞と美辞麗句に飾り立てられた言葉を述べながら、僅かに笑ってみせる。これが精一杯の譲歩だ。

こんな馬鹿な女にわざわざ顔の筋肉引きつらせてもどうしようもない。このモデルが裏で今流行の合法ドラッグで乱交に及んでいるという事実を、証拠併せて突きつけてやりたくなる。

「でも、ショーも一段落したので、今度また、FCの仕事を再会しようと思ってるんです。甲斐さん、ショーには来てくれないんですから…たまには撮影見に来てくださいよ。……あ、でもやっぱり忙しいから無理ですか?」

自分の肉体の美しさを理解した上で、媚びてくる態度。また仕事をさせろと露骨に請求してくる無様さ。俺の会社の規模が大きくなっているのを分かっている上で、自分くらいの大物モデルのショーには来いと強請る…俺が来たというバリューが欲しいのが見え透いている。ショーが無理なら撮影…つまり撮影をするような仕事をよこせと言うことか。

いくら駆け出しで経験が無くても、あのころの瑞々しさと若さ、そしてなによりも健康だったから、採用したのだ。今の薬漬けの身体に興味など沸くわけはない。

「そんなに働かれては大変でしょう、顔色が優れませんよ…以前は濃紺がお似合いでしたのに、勿体ない…また機会がありましたら、ご一緒にお仕事出来れば幸いなのですけれども…」

顔色が悪いのは、薬のせいだ。以前は健康的な白い肌に血色の良いピンクが浮かんで、それが濃い青に栄えていたのに…今では無理だ。それは本人が良く自覚しているだろう。だからこその嫌味だったのだが、気づいたかどうか…。

数瞬後、自称大物モデルがハッとする…気づくのが遅い、頭の重い奴だ。見る見る間に表情が変わっていく。どうにか失礼、と挨拶を残す理性だけは留めておいたらしいが、パーティドレスの裾を翻して人混みの向こうへと消えた。

CMに使うモデルとして、彼女は却下だな。……見ると、先ほどのカツミというモデルは、まだつまらなさそうな顔をして、ひっきりなしに話しかけてくる女性陣に、すげなく応答していた。時折男性にはそれなりに丁寧に対応しているのが笑える。

面白そうだ…CMに、彼を使ってみてもいいかもしれない。



心の中で、仕事のことを考えながら再びゆっくり歩き出そうとしたら、要らない邪魔者に見つかってしまった。折角、新しいワインも貰って、これからだったというのに、タイミングの悪い。

「あっ、探したんですよ、どこ行ってたんですか」

「お前の居ない場所に」

簡潔に答えると、さすがに一瞬ひるんだようだった。しかし、負けじとマシンガントークを繰り広げ始める。この雑草のような、打たれ強さだけがこいつの取り柄だな。まぁとりあえず、そろそろ帰るか…面倒だからこいつはおいていこう。

適当に言い訳を作って男を再び巻いてしまおうと隣を見たら、ふいに男の視線が逸れた。…何だ? そんなに睨んだつもりは無いんだが…くだらないお喋りは続いているので、睨んだことが原因ではないか?

「あっ」

どうでも良いことを推測している短い間に、男が短い声を上げた…目が、まっすぐ俺の向側を見ている。

「え…?」

何だ?

振り返る。そこには、一人の男が小さい女の子を抱き上げた図が合った。離れた場所から、なにやら謝りながら出てくるボーイがこちらへとやってきている。

……だいたい分かった。つまり、この女の子は俺に向かって無謀にも突進してきたわけだ。それを止めてくれたのがこの男なのだろう。どうでもいいが、自分の子供を連れてくる場所じゃないだろう。管理できないなら預けておけ。

背後からママーという場違いに高くてきんきんした声が聞こえていた気がしたが、こいつだったのか……。

「どぅも」

冷ややかな一瞥をくれてやるが、それで充分だろう。隣の男がその分よけいに喋ってくれるに違いない。そこへようやく、ボーイがこちらへやってきて、どうもすみませんでした、こちらでお引取り致します、と事務的に説明して女の子を引き取っていく。

…どうやら、男の娘ではないらしい。それが小さく呟きになって漏れてしまう。

「間に合って良かったです」

上質の絹のタオルで柔らかくふんわりと包まれたような、優しい声。一瞬誰の声かとびっくりしてしまう。…女の子を抑えてくれたらしい男の声だった。



それが、その男…瑞夢と出会った時のことだった。

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