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ポリフォニー …甲斐:シンフォニア(12)…
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甲斐の章
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そのシベリアンハスキー(と表現するは、肌の色は濃いめだし、目の色も青やグレーでは無いが)との関係に変化が訪れたのは、とある打ち合わせの時だった。個人的な契約を交わしてから、数ヶ月たっている頃で、そろそろ変化が欲しくて、俺は内心少々焦っていた。瑞夢は相変わらず、優しそうに穏やかそうに飄々としているばかりだったし、カツミは相変わらず俺と店へ行くが、瑞夢をどうこうしようという作戦は立っていないようだった。

最近カツミさまとご一緒のことが多いですね、と瑞夢に一度からかわれるように言われたことがある。俺の記憶に残っていることと言えばそれくらいで、瑞夢の言動よりは、カツミが時々行動を起こそうとしては失敗していた記憶の方が、明らかに多い。

カツミが起こす行動については、事前もしくは事後に、理由と根拠を教えて貰ったり聞いたりした。カツミがこれまで「男を陥落させるにはどうすれば良いか」という経験に基づいているらしかった。……おかげで、俺は変な知識が増えた。

甲斐みたいな綺麗顔だったら、媚びを売る態度が逆に嫌味に見えてしまうから、ストレートに言葉で誘った方が、遊び相手が見つかり易い。恋人を捜すのならば、甲斐のような強気で偉そうな性格の場合、ぽろっと弱いトコを見せてやれば簡単。……とは、カツミの言葉だ。

綺麗な顔だとか、強気で偉そうだとか、失礼な奴だ。…性格の批評については、否定するつもりはないが。

だが、カツミのそれらの経験と知識は、所詮「男と遊ぶ」観点から見たものなのだ。瑞夢には通用しないだろう。カツミも、それに気づき始めているようだった。かといって、他の良い方法が思いつくわけでもないらしいが。

そんな時だったからかも知れない。カツミと肉体関係を持ってしまったのは。カツミはその日、いつもより疲れた顔をしていて、ぐったりと愚痴をこぼしてきた。カツミは負けず嫌いなところがあるせいか、なかなか弱音を吐かないところがある。それがどうしたのだろうかと、少々心配したのだ…兄気分を味わっている身としては。

それが何を間違って、「相手をしてやろうか」というような誘い文句を言ってしまったのかは、良く覚えていない。だが…俺がとった行動が、以前教えられた「遊び相手の見つけ方」そのものな気がして、後から思い出すと酷く不愉快だ。しかも、カツミは遊び慣れたように、

「いいの? じゃあお願い」

と涼しい顔で答えた。まるで、俺にその誘い文句を言わせるかのように、仕向けられた感が否めない。だからといって前言撤回を出来る雰囲気でもなかった。だが、3回も立て続けに短時間で抱かれたのには、さすがに閉口した。

瑞夢とのゆったりとしたSEXに慣れた身には、カツミの突っ走ってばかりの性交に追いつけなかった。だからこそ、3回にも及んで、行為に流れてしまったのだが。

カツミとの関係の変化は、それだけにとどまらなかった。少なくとも、他二カ所へと静かに波紋を広げた。一つは、瑞夢に。もう一つは、俺自身に。

瑞夢の方は話しが簡単で、カツミがいつの間にか俺につけやがったキスマークのせいで、散々からかわれ、虐められ、意地悪を言われ…それをあの優しそうな顔でやってのけてくれるもんだから、質が悪い。とにかく、俺が初めて瑞夢の感情を明確に感じ取ることが出来たのが、その時だった。

……これは、どうやら嫉妬をしているらしい。

うぬぼれかも知れないが、そうとしか思えなかった。これまで瑞夢としか関係を持っていなかった俺が、突然キスマークなんぞをつけてきたのだから当然だろう。要らぬ副産物としては、SMじみたSEXが増えた。おかげで、手首や足首の縛られた痕が無いことがほとんど無い(常にスーツを着ている身としてはさほど困ることはないが)。

とりあえず、瑞夢がどんな感情の形なのかは全く分からないが、少なからず執着心のようなものを覚えてくれているのは確かだった。

俺の方の話しは少々複雑で、主に感情の変化だった。今まで、同じ期間内に複数の女性と肉体関係をもっていたことはあっても、それは真剣な付き合いをしていたわけではないから、出来たことだった。お互いに本気ではないことを合意の上で身体を重ねていたのだ。

だが、今回は違う。俺は、瑞夢にもカツミにも、それぞれ感情は多少なりとも違うが、真剣に好意をもっていた。カツミと何回かSEXを重ねる内に、俺は一つの言葉に行き着いた。

これは俗に言う、二股というヤツなのではなかろうか。

俺がこんな状況に陥るとは、思っても居なかったので、ショックを受けた。試しに、奈良橋と老婦人に意見を求めてみた。二股についてどう思うか。二人ともから抗議意見をもらうかと思っていた俺は、意外な結果に吃驚した。

『おふたりを同時に、共に同じくらい本当に好きになられてしまったのならば、それは神様の悪戯というものでございますよ、ぼっちゃま』

『一概に意見を述べてしまうことは出来ませんが、二股される方にも問題があるかと思われます。…(中略)…。二股というのは多くの場合、関係している人を傷つけたり、哀しい気持ちにさせたりします。そのような意味では忌むべきことでしょう。しかし、それをどう打破していくかという…(中略)…。解決策としては、一人の相手に思いを寄せている間は、他を見ないようにすること。また、その思われている相手としかるべき関係にあるのならば、その相手も、二股されないようにする努力をすべきでしょう』

……しかし、奈良橋の話は長すぎたな。

俺は形式上、どちらとも「恋人」だとか「おつきあいをしている」とかいう関係ではない。なので、形の上では二股ではないように思える。問題なのは俺の気持ちの問題で、本当にこんなことで良いのかという、罪悪感にもにた気持ちに悩まされることだった。

ほんの弾みからカツミを誘ってしまったときには、こんなことになるとは思っていなかったのだ。今の関係を続けるにしては、罪悪感が募り…かといって、どちらかの関係を自分から崩すにしては、俺は両方ともに好意を持っていた。愛人と弟どちらかしか選べないと言われているようなものだ。これが、「恋人と恋人」や「妻と愛人」ではないあたり、自分でも俺らしいと思う。

どちらも気持ちの形は全く違うのに、気持ちの表現方法だけが同じになってしまっている。瑞夢ともカツミとも、俺は身体を重ねることによって…不本意だが、俺が抱かれるという形で…心をも重ねていた。

二人との関係を、身体だけだと割り切れれば良かったのかも知れない。しかし、俺は知っている。愛のないSEXに比べたら、好きな相手とのSEXが何十倍も気持ちが良いということを。

最初はカツミと、身体だけの関係で終わらせるつもりだった。しかし俺は、カツミとキスをした時点で、それを諦めた。

……気持ちよすぎたのだ。くらくらと、めまいがして目の前が溶けるほど。思わず夢中になって、誘った自分がすでに「今だけの遊び」だと割り切れなくなってしまっていた。その時点で、俺はカツミを性交の関係だけで納めるのを、諦めたのだった。



カツミの前で裸になると、度々聞かれることがある。

「なぁ、これ…何だよ」

カツミの言葉は主語と目的語のどちらか、又は両方が欠けていることが多い。代名詞が活用しきれていないのだ。お互いの共通項の認識が甘いのだろうが。

「何だとは何だ?」

仕方がないから、俺はたいてい聞き返す。もっとも、俺は弟の少々頭の足りないところも可愛いと思っているのだが。

「それ、手首と足首の……」

「あぁ、これか」

思わず、手首の痕を抑える。瑞夢に付けられた痕…刻まれた印。その瑞夢を手に入れるために、カツミを利用としていたはずだった。だが今は…両方の間に自ら身を投じて、自業自得な状態に陥っている。

返事に困って、表情に困って…俺は何時もカツミに背を向ける。俺は、カツミを欺いている。その罪悪感が、そうさせる。

「気にするな」

そして、誤魔化すようにその言葉で区切りをつけようとする。これは、俺のずるさだ。本当のことを言えないから、言いたくないから……カツミに嫌われたくないから、せめて今の状態を保っていたいから、今以下を考えたくないから。

聞かれたのが情事後で良かった。事の前だと、好意の最中までこの思いを引きずることになりかねない。

追求されないうちに、慌てて服を着るとさっさとベッドを降りた。本当は、若くてたくましい腕が…甘やかすより甘えるほうが好きな腕が…一瞬だけ俺を甘やかそうとする時間が、好きだった。ほてった身体に、頬を押しつけてゆっくりと目を閉じたい欲求が、無いわけではない。それをしないのは、体力の問題だった。

あんまりカツミの腕に甘んじていると、そのまま何ラウンドでも付き合わされそうになってしまう。時間が許すとか許さないとか以前に、そんなことをされては身体がもたないのだ。ただでさえ、カツミのSEXは激しすぎる。

「そういえば、さ」

逃げようとしていたところを、呼び止められた。

「何だ」

「何で、あの瑞夢って人、落としたいんだよ?」

……何で? そんなのは手に入れたいからに決まっているだろう。――ん? 待てよ。

「…そう言えば、言ってなかったか」

「言ってねぇよ」

そうか、やはり言ってなかったか。言ったつもりになっていた。……否、最初は言うつもりだったとしても、言いたくなくなった、というのが正しいだろう。最初は、自分では手に入れられないから、カツミに落として貰おうなどと、ふざけたことを考えた。

だが、今は。……今は…。

「…気付くと思ってたんだ」

明確な答えは言いたくなかった。言ってしまうことによって、カツミとの関係が変わってしまいそうで怖い…カツミを俺の弟のままにしておきたかった。

「……。何に」

「俺が瑞夢を落とそうとしている理由を、だ」

態とらしく、謎掛けをするような、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。カツミには俺がなにかたくらんでいるように見えるだろう。…見えて欲しい。意地悪をしようとしているように、見えることを願っている。

少し考えれば、理由など数個に絞れるだろう。俺の言動や瑞夢を見ていれば、容易に特定出来そうなものだ。気づかれてしまうような理由だということを、今白状してしまったのだから、はっきり答えようが答えまいが、あまり関係ないのかも知れない。それでも、俺の口から答えたくなかった。

「じゃぁ、気付くまで教えてやらないことにしよう」

しばし待って答えが無いと言うことは、分からないと言うことだろう。

「何だよ、それっ」

予想通りに文句を言ってくるのが可愛くて、目が狭まる。笑みを隠そうとして失敗すると、つい目元が緩んでしまうな。片手で犬を払うような仕草をし、俺は止まっていた身体を、再び動かし始めた。

「もしかしたら、気付いて欲しくないのかも、しれないな……」

最後にそう言い残したのは、罪悪感からだろうか。だが、それは紛れもない本心だった。俺は、今のポジションを維持するのに一生懸命になっている…。冷たいフリをして、カツミを振り回すフリをして、実は俺の方がカツミに嫌われたくないと恐れている、そのぎりぎりのポジションを。

そればかりに気を取られていたからだろうか。自分の勝手ばかりを考えていたからだろうか。カツミをも手に入れたいと欲が出過ぎたからだろうか。

カツミはあるとき突然、俺を避けるようになった。

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