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ポリフォニー …甲斐:シンフォニア(15)…
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甲斐の章
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俺はカツミに会うのを悩んでいた。瑞夢が手に入ったからさよなら、というのも都合が良すぎる。だが、結果的に瑞夢と思いが通じたのはカツミが居たからだ。カツミにあって、何故避けてきたのかと問いつめるのも、八方美人な俺の気持ちは収まるだろうが、カツミはそんなことを問われて、どう思うだろうか。

とりあえず、約束はしたのだから、会うだけ会ってみよう。

「…お待たせ」

そう考えて待ち合わせ場所へ居たのはいいのだが、結局直前まで自分の考えがまとまらない。幾分カツミの不機嫌そうな声に顔を上げる。

「久しぶりだな」

どういう顔と口調を作ればいいのか一瞬悩み、必要以上に怒った声になってしまう。俺もたいがい子供だな。カツミのことなど言えない…。

「何故、会おうとしなかった?」

「……忙しかったからだろ」

ほほう?

「…遊んでいたと、聞いたが?」

「……遊ぶのに、忙しかったんだろ」

じゃあ何か? 遊ぶ暇がないとか嘆いているお前に、俺が誘いを掛けてしまったこと自体が間違いだと言いたいのか? それとも、それすらカツミには遊びの一環で、抱ければ誰でも良かったのだろうか。

「では、遊べないからと、身体を重ねてきたのは、無意味だったわけだな」

「…そういう、意味じゃないだろ……あんたと、会ってたときは、遊んで、なか、った……」

言い訳をするように、言葉を濁してカツミがそっぽを向く。そういう手で来るか…やはり辛いな。俺はやはりカツミが気に入っている…手放したくない、その思いが離れてくれない。うつむいてしまっているカツミに、気を取り直して声を掛ける。

「まぁいい…今日の要件をまず言おうか。瑞夢陥落の話を持ちかけて…どれくらいたっただろぅな?」

「……さぁ、結構たってんじゃねぇの」

まあ、遊びに夢中だったならば、ちゃんと記憶していなくても仕方がないか。

「正確には、約半年だ」

「あー、もうそんなに……」

どうしようか。考えがまだまとまっていなかったのだった。とりあえずは、伝えなければ行けないことがある、それから済ませてしまおう。

「ということで、契約は破棄だ。構わんな?」

何しろ、他に好きな相手が居るカツミに、瑞夢を音瀬というのも哀れな話だ。これ以上続けても、無意味だろう、と締めくくって、おそらくやっかいごとが無くなってスッキリしているだろうカツミを見る。

「え?」

大分相手からの、間の抜けたタイミングの返事。少し会わない内にぼけたんじゃないのか? 他に何か気を取られていて、返事が遅れた可能性もあるけれどもな。…さしずめ、恋人のことでも考えていたのだろう。……いかん、考え方がひがみっぽくなている。これでは、弟の幸せを喜べない嫌な兄じゃないか。

顔を上げたカツミを、真っ直ぐに覗き込む。うつむいてばかりで沈んでいるとは思ったが、なんだか今日は様子が変だ。

「何で…?」

「何故もなにも、お前が真面目に取り組む様子が、無いからだろぅ?」

だから、もう俺との契約ことも気にせず、遊べばいい。無言の内に込めて気づいてくれるとは思えないが、そう思ってじっと目を覗き込むと、ようやく見ることの出来た顔が、また背けられる。……やはり、嫌われているのだろうか?

しかし、理由を言わないで納得するわけもないか…。

「………それに、以前理由のことを話したな?」

「教えてくれなかった、やつだろ」

正確には、教えたくなかったんだ。お前に嫌われたくなかったからな。……その思いは、今でも変わらない。

「そう、それだ。もう、瑞夢を落としてもらう理由が、無くなった」

手に、入れてしまったから…。だが、手に入れたのに、何故こんなにも虚しいのだろうか? 瑞夢と居るときは気にならなかったのに、こうしてカツミと話していると、何故こんなにも…。

「…どういう、意味だよ?」

「ある目的があって、カツミに、瑞夢を陥落してほしい、と頼んだ。その目的が、理由にも重なるわけだが…。瑞夢を陥落せずとも、その目的が叶ってしまったのでな。だからもう、カツミの手助けは必要ない」

突っ込んだ質問をされないようにと、一息にまくし立てる。この期に及んで、俺はまだカツミへの態度を「作って」いる。まだ、カツミに嫌われないようにと、そんな欺瞞を続けている。そんなことをしても、もうどうにもならないと言うのに。

カツミの気持ちを変えることも出来なければ、俺はもう瑞夢を選んでしまった、そのことを変えられないし、変えるつもりもなかった。

「なぁ、最後に一回だけ…抱かせてよ……」

大分長い長い沈黙の後、カツミがそう呟いた。少しだけ残っていた珈琲を飲み干すために、カップを持ち上げていた手が一瞬止まる。

「…最後?」

最後? とは、どういう意味だ? 一瞬思考も止まった後、珈琲を飲み干す間に、俺の考えはめまぐるしく回った。

元々俺はカツミの遊び相手の一員に過ぎなかったはずだ。俺の無理な契約に付き合わせて、遊ぶ時間がないと嘆くカツミを、俺が誘ってしまったことが、そもそもの発端だった。とはいえ、考えてみたらカツミは何時でも俺を「遊び相手から削除」することが、可能だったはずなのだ。をれを。今更断ってくるとは、どういう意味があるのだろうか。

「だって、もう僕は要らないんだろ?」

何故、そんな哀しそうな顔をするのだろうか? 今目の間にいるカツミは、契約したときのように、全てが面倒くさいとは思っていないみたいだった。その代わりに、いつかの撮影で見たような、哀しいまでの艶が浮かんでいる。

そんなにも、何を思い詰めているのだろうか。そして、思い詰めた結果が、俺とは最後にする、ということなのだろうか。要らないのはきっと、俺の方だ。カツミにとって、俺は必要のない存在と、なってしまったのだろう。今回を区切りにして、社長と契約モデルの関係に、綺麗サッパリ戻るつもりでいるのだろう。

「最後に、するつもりなんだな……」

どうにか、言葉を押し出す。大丈夫だ。まだ虚勢を張っていられる。ただ、今日くらいお前を甘やかしたい…。

「…今日のお前は変だな。どうした、行くぞ」

手を差し出し、俺は最後になるであろう、カツミへの誘い文句を口にした。握りたく無さそうに、ためらうカツミの手を捕まえて引くと、カツミとは久しぶりに訪れるホテルの一室へと向かう。

身体をまさぐるように、お互いの服を脱がしあう。そして俺はその服のポケット中に、最後の希望をかけて…全てのずるさを詰め込んだ。もしかしたら、という僅かな可能性にかけて、カツミに任せる形で…俺に今できる、精一杯。

俺の個人的な連絡先だけを書いた、一枚のメモだった。

服を脱がし終わったら、待てないかのように手が触れてきて…雪崩れ込むはずだったのに、今日のカツミは、いつになくしつこい。まるで…瑞夢とするかのような、SEX。熱が長引いて長引いて…カツミに全てがばれてしまいそうで、快楽を隠そうとするのに、そのたびに何度も熱を呼び起こされる。与えられて与えて求めて求められて…。

これが、最後…そう思うたびに、辛くなる。最後になんかせずに、俺を…俺を……。その続きに何と言えばいいのか分からない。だが、何度もそう言いそうになる。そして、何度好きだと言ってしまえれば楽だろうかと、混乱する頭で、必死に理性を働かせた。

駄目だ、今ココで言ってしまったら…全てが、駄目になる気がして。お互いで高めあうものが上り詰めるたびに、混濁していく意識の中で、俺はカツミと瑞夢のことを考えた。カツミが、こんな抱き方をするから…この間の瑞夢との行為を、思い出さずには居られなかった。

理性が蝕まれる中、一つだけ鮮明にカツミの言葉を覚えている。

「あいつのことなんか忘れて…僕だけを、見ろよ……すげぇ、悔しい…」

あいつ…って瑞夢のことか? なんだ、やっぱりばれてしまったんじゃないか…俺が瑞夢を落としたかった理由……。もう、確実にカツミに嫌われてしまったかな…情事から意識が浮上しかけ、短い思考が頭を巡るるが、すぐにそれを引き戻され…分からなくなっていく。全てが、分からなくなって――…気が付いたら俺は、一人でベッドに寝ていた。

身体がだるい。

「ちくしょ、何なんだ…」

悪態を付く。SEXの後一人で起きあがるベッドの上ほど、寂しいものはない。簡単に身体は綺麗にされていた。おそらくカツミがしてくれたのだろう…だが当然、部屋の何処にも当人の姿は無かった。悪態を付きながら、俺はとりあえずベッドを立ち、シャワーを浴びる。それからフロントに電話して何時も吸っている銘柄の煙草と、珈琲を持ってこさせた。

熱い珈琲を飲んで、煙草を吸う。ベッドの上に、枕をクッション代わりにして、ゆったりと腰掛ける。珈琲を飲んでいる内に、頭が冴えていく。そして、煙草を数本吸い終わる頃には気持ちも落ち着いていた。

いかん、一度に吸う本数が増えているな。このままでは毎日吸うことになりかねん…。開けたばかりのパッケージを軽く揺すって、もう一本を唇の端に加えて引っ張り出す。もう一本だけ…。

火を付けて吸い込んで煙りを吐き出し…それを繰り返す間に、考える。己の失敗を。



瑞夢の気持ちが分かって、想いが通じた後も俺は瑞夢の店へ通っていた。瑞夢にホストを辞めさせるという考えは無かった。今までの関係でも、俺はまだ満足だったからだ。そうしてワインを開けて貰って、一緒に飲む。

ゆったりとしたソファにもたれ、瑞夢の腕に抱かれて、目を閉じる。何かを話していることももちろんあるが、それ以上に黙っていることも多かった。何をするでもなく、同じ時間と、同じ場所とを共有して。そうして、俺は考えている。いつの間にか、瑞夢のそばが一番考えのまとまる場所に、いつの間にかなっていたから。

俺はまだカツミのことを引きずり、ずっと様々なことを考えている。カツミのことを考えている一方、瑞夢の腕から抜け出せない。瑞夢との気持ちを確かめ、いわゆる「両思い」というものになったのだから、カツミのことを忘れてしまえばいいとも思うが、忘れられない。

どちらをも捨てられないのならば、おそらくいつかは、両方を失うことになるだろう。それが世の中の道理というものだ。両方を手に入れることは、叶わないものだったのだから…。ただ、瑞夢まで失うことは、考えられない。失うことの辛さはこれまでに沢山経験してきた。ついこの前、カツミを手放してしまったばかりだ。もしかしたら、意地でも何でも、繋ぎ止める術があったかもしれないのに。だから今は、瑞夢の手を離さない。

醜くてもいい、愚かでもいい、離されないように、瑞夢の手を握っている。今は、瑞夢が消えてしまわないことだけを、願っている。都合のいい願いだとは分かっていても、手を伸ばせない場所へ、瑞夢が行ってしまわないように、と。

カツミのことがまだ好きなのに、瑞夢のことも好き。それでも良いと、瑞夢は俺を甘やかす。明確に口にはしなくても、克明に態度へ現れる。物思いに沈んでいても、じっと浮上してくるのを待ってくれる。カツミを忘れようと仕事に疲れていれば、柔らかく抱いて、撫でてくれる。甘やかされすぎて、駄目になるのが怖くてそこを飛び出ても、振り返ればちゃんとそこへいる。そして……大丈夫ですよ、私は貴方の側にいます……あのとろけるような声で、許しを与えてくれるのだ。

瑞夢がどこまで寛容なのかは、分からない。ただ、俺の中で整理をつけるべきことが、蟠ったままなのに…その整理を行いたくないと思っている以上、いつかは許容量がオーバーするだろう。それまでに、俺は自分の中のカツミを、忘れてしまえるだろうか?

ずるいことは分かっている。二人の間でどっちつかずで、自分をどうしようもできなくて、それで瑞夢を傷つけている。好きな相手を傷つけて楽しいわけはない。傷つけてしまうことによって、自分すら傷つくと分かっていながら、どうしようもないのだ。

だから俺は、瑞夢の胸に頭を押しつけて、髪を撫でてもらいながら、考える。

「…瑞夢…」

顔を上げればいつもの穏やかな表情で、瑞夢がそこにいる。そして、目元にキスをしてくれて、ゆっくりと喋るのだ。

「自分でどうにも出来ないのが、歯がゆいですね…忘却を与えることが出来るのは、時間だけですから……」

「…愛している、瑞夢」

「あの方に、一つだけ感謝しなくてはいけませんね。貴方がそう行ってくださるようになったのですから」

「意地悪だぞ」

「分かっています…それでも、嫉妬してしまうのですから、仕方ないでしょぅ?」

「……答えを、聞いていない」

抱いてくれている瑞夢の袖を引く。そうすれば、望む答えが与えられると知っているから。

「私も、愛していますよ、貴志さま」

こんなのは、ずるい。分かっているのに…。

「愛している…でも、明日、カツミのオーディションを見に行く」

「……貴方の帰る場所はここだと、信じていてもいいですか?」

「他に、無いからな」

あれから、一ヶ月はたっていないだろう…カツミからの連絡は、まだない。期待していなかったはずなのに…番号を教えた個人的な携帯電話を、何時も持ちあるいて、かかってこない電話を待っている……。カツミのジャケットに滑り込ませたメモが、捨てられてしまった可能性や、見られることのないまま終わってしまっている可能性もあった。もし、それならそれで良かった。一番辛いのは、カツミがメモを手に入れた上で、それを無視することなのだから。

先ほどあけたばかりだと思っていたワインが、早々に底をつき、最後の一滴を飲んでしまってから、俺は煙草を取り出した。カツミとの一件の後、俺はどうも煙草が手放せずにいた。毎日吸うわけではない、ただ…考えをまとめたいときにどうしても手が伸びてしまう。

「……お吸いになったのですか?」

瑞夢が吃驚している。

「…ああ、まあな」

……苦虫をつぶしたような声が、漏れた。本当は、吸いたくないのに。

翌日のオーディションは、仕事のスケジュールを無理して空けて見に行ったものだった。カツミの番あたりを狙って、1時間だけ時間を空けさせたのだ。オーディションはとあるデザイナーのショーのためのもので、そのデザイナーはカツミをたいそう気に入っており、ショーには必ず使っていた。それを知って、その企画が立てられたときスポンサーを募っているところへ、名乗りを上げたのだった。もっともそれは、カツミを気に入るようになったあたりの話しだったが、そのことに俺は感謝していた。

ショーのオーディション(どうやら最終審査らしい)の見学は、カツミを見る「だけ」を望む場合、ちょうど良かったのだ。舞台の上を歩くカツミは、まず俺に気がついてハッとしていたようだった。

颯爽とした姿で歩き出し、どこか緊張の混じる引き締まった表情で、口元には自然な笑みが浮かんでいる。……なんだ、全然変わっていない。もっとも、そうすぐに人は変われるものでもないのだが。久しぶりに見るカツミの姿に、口の端がゆるんだ。俺のことなど何もなかったかのように、仕事をしている顔をしている。元気そうだ…なら、それで良いか。

そう思えた瞬間だった。……俺はきっと、カツミのことをいつか記憶の隅へ追いやれるだろう。大丈夫だ、きっと。

カツミはステージを2ターンしてすぐにOKをもらい、裏へ引っ込んでしまった。カツミが終わったところで、俺は次の仕事の予定があるからと、デザイナーとカメラマンへ断り、外へでた。建物のすぐ外で待っている車に乗り込むと、次の仕事先へと向かう。

「すっきりした顔をしておいでですね、ぼっちゃま」

老婦人が、一目で俺の状態を見抜いてきた。

「……ああ、踏ん切りがついたんだ、きっと」

俺はその日から、煙草を持ち歩くことをやめた。個人用の携帯も、前までのように、社長室の小部屋へおいてくるようにした。鞄の重さはさほど変わらなかったが、気持ちはだいぶ軽くなっていた。



「瑞夢、おまえのことを、ヒサシって呼んでいいか?」

「…どうしたのですか、いきなり」

「……駄目か?」

「そう呼んでいただけるのでしたら、嬉しいです」

「お前も、俺のことを呼ぶときに、さまを付けるなよ?」

何度言っても直らないのだから、絶対意図的だと思うんだ。まだ、距離を置こうというのだろうか? ぶつぶつと心の中で文句を漏らしていたら、不意に抱き寄せられた。

「お帰りなさい、貴志さん」

何故「お帰り」なのかは、聞かなくても…分かっていた。

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