= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
ポリフォニー …カツミ:シンフォニア(後)…
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

カツミの章
 インベンション カノン() フーガ() シンフォニア(

次の章…甲斐…へ Homeに戻る

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

仕事が、手に付かない。

こんなことがあるのだと、初めて知った。何も言い返せずに、瑞夢の前を去った後数時間は、呆然として何も出来ず、気付いたら自分の部屋に帰ってきていた。こんな時でも、帰ってこられるものなのかと、吃驚したくらいだった。

それほどまでに、甲斐の存在はカツミの中へ浸透し…深く根を張り、奥にまで入り込んでしまっていた。そして…その後だった、仕事がうまくいかなくなってしまったのは。

写真を撮っても、何回もリテイクをくらい、ネガが無駄になっているのを分かっていても、どうにかカメラマンに譲歩してもらって、OKを貰うという状態だ。ショーのオーディションにも、出るだけ出て…結果は散々だった。所長もマネージャも呆れて、オーディションの予定は今後しばらく入れられないことになったらしかった。

瑞夢のところへ押しかけて、一ヶ月弱がたっている。

半年や数ヶ月前から予定の大組みが出来上がっている、一応の売れっ子モデルとしては、急にキャンセルできない大物デザイナーのショーのための、オーディションがある。事務所として懇意にしているデザイナーで、過去に数回、カツミはショーに出たことがあったため、カメラテストだけだからというのを、表向きの理由も無しに断るわけには行かない。

……結果、カツミはカメラテストの現場へときていた。隣では心配そうな顔をしたマネージャがついている。相変わらず心ここにあらず、といった様子のカツミが心配なのだろう。それに気付くたびに、表へ出ないように仕事に支障をきたさないようにと、頑張ったが、直ぐ気付かぬうちに、甲斐のことを考えている。

表に出さぬようにと頑張れば頑張るほど、カツミの様子は悲痛に映る。そして、マネージャの心配顔も深くなっていく。それに気付いたらもう、カツミは表情を隠す努力を諦めた。……仕方ないのだと。甲斐のことを諦められるまで。。。

浮かない顔で、先のモデルがカメラテストをしている現場を覗く。もう身体には、デザイナーから指定されている服をまとい、メイクも例のカツミを気に入っているお姉さんがやってくれていた。

どうやら、実際にショーで使うステージで、ショー本番と同じスタイルでモデルを歩かせるらしかった。本来は多くの客で埋まる客席も、真中にデザイナーとカメラマン、そしてスポンサーが陣取っているだけだ。カメラマンは、常にこのデザイナーと仕事を組んでいて、モデルは二人の目に気に入られなければいけなかった。

カメラマンは常に色々動き回り、もう一度最初から、と同じモデルに何度か歩かせ、色々な角度からフラッシュを浴びせている。どうやら、ほぼ出場が決定したモデルばかりが、本番でどのような角度から撮ればいいかを、カメラマン自身が確認するのも、かねているらしかった。

カツミの前には、順番でもう3人のモデルが控えている。そのうち一人と、一度表から見えないように客席を覗いたのだった。一瞬で全体をぱっと見てとった後、首を引っ込めてしまう。

「緊張するよなぁ…俺、良く予選からここまで、残ったと思うよ」

どうやら、予選もあったらしかった。カツミはありがたいことに、シード席を貰っていたらしい。隣で元はセフレとして仲良くしていたモデルがぼやく。

「これで、落ちたらどーするんだろ〜…あぁあぁぁああ……」

最後が悲痛な叫びへと変わったのは、今歩いていたモデルが、最終的にNGを出されたからだ。君には、私の服は似合わないようだ。そう、言われていた。次の一人が、出て行くのにあわせ、友人がくるりとカツミを見上げた。

「お前はいーよな…。……つか、んな顔してたら落とされるぞ。最近カツミ変だけど、どうした? 失恋でもやらかしちゃったのかよ」

最初、相手が振り返ったことに気付かず、ぼーっとしていたら相手が心配そうに眉を寄せた。何でもない、と緩い笑みを浮かべたら、目の前の友人がハッとした。

「カツミ…今の顔、すげぇ色っぽい……でも、哀しすぎて、見てらんねぇよ…」

何度もベッドをともにした仲だから、言えるのだろう。相手が伸ばしてくる手が、頬に触れるのが、存外に気持ちいい。

やはり、まだ自分は甲斐が好きなのだ。

何時もそう、確認させられる…そして、哀しくなる。辛くなる。逃げ出したくなる。ぎゅっと目を閉じてしまったのに、友人が溜息を漏らしているのが、音で分かる。

「お前が、んな顔するなんてなぁ…天下の男たらしだったのに」

よしよし、と背の高いカツミの頭を撫でるため、背伸びをして髪を撫でてくれる。それに苦笑。そのとき、友人が次だ、と呼ばれる。

「……頑張れよ」

緩い笑みを浮かべて、見送る。それに振り返った相手に、口の動きだけで、ありがとう、と伝える。少なくとも、支えてくれようとする人は、沢山居るのだと。悲観しすぎるのは良くない。とりあえずは、これ以上事務所に迷惑をかけないために、少しは頑張らなければいけなかった。

もう一人を経て、カツミが呼ばれる。姿勢だけは正しく、背筋を伸ばし、毅然と顔を上げて、ステージへと出た。

「な…っ!」

思わず、声が漏れた。デザイナーの横へ座っている男。スポンサーが同席していると聞いていたから、スポンサーだろうと思って、よく見ずに先ほどは顔を引っ込めて仕舞っていた。…が、しかし。それは……甲斐だった。

カツミの現在の原因が、まさか甲斐なのだとは知らず、マネージャはショーのスポンサーまで、教えてくれていなかったのだ。

驚く表情を、どうにか一瞬で笑みの下へと押し殺す、すっかりと仕事用となってしまった作られた笑み、果たしてそんなものが今通るのかは分からない。けれど、甲斐に無様な姿を見られるのだけは、耐えられなかった。

自然と、甲斐の方を見てしまいながら、デザイナーの指示によって、ゆっくりと歩き出す。大胆に…足を大きく踏み出し、自然と身体は自分を良く見せる方法を取っている。偉そうに、しかしそれが嫌味にはならず、カツミ自身を引き立てる。

数歩行ったところだった、甲斐が、緩く笑みを浮かべて、カツミを見て目を細める。カツミがどうしても甲斐のことが気になり、ちらりと一瞥したとき、かすかな笑みだったが…確かに、甲斐は笑っていた。

それだけだったのに、カツミはとたんに普段襲ってくる甲斐への募る思いが、掻き消えた。大丈夫。そう思えてきて…自然と口元には不遜な、それでいて人を引き付ける笑みが滲み出る。



デザイナーもカメラマンも、以前から頑張ってくれているカツミを、二回歩かせただけでOKを出した。舞台を去るさいに、もう一度だけ…甲斐を盗み見る。もう、以前見慣れた冷たすぎる無表情で、詰まらなさそうに前を向いていたが、カツミは気にしなかった。何しろ、貴重な笑みを見られたのだから。

それだけで嬉しくなってしまう、単純な自分の心に呆れながら、それでも久しぶりに心軽く裏へと戻った。

マネージャが、今日はどうしたんですか、と迎えてくれるのを、イイコトがあったんだ、と適当に誤魔化す。今日の予定は、もう無いはずだ。服を脱いで、メイクを落とすと会場が入っている建物のラウンジで、珈琲を飲む。

…甲斐が出てくるのを、待つつもりだった。

しかし、カメラテストが終わり、帰るくらいの時間になっても、甲斐はやってこなかった。おかしい、と眉を潜めているところへ、デザイナーとカメラマン、そして機材などと持ったスタッフがぞろぞろと出てくる。甲斐の姿は、無い。

「カツミくん、今日は良かったよ。本番も宜しく頼む。君には着てもらいたい服が沢山あるんだ」

ラウンジでいぶかしむような表情を浮かべているカツミへ、デザイナーが声を掛けてくるのに、曖昧に頷く。

「ありがとうございます…あの、スポンサーの方は……?」

「あぁ、甲斐社長か。君のテストが終わったすぐ後だったと思うが…もう帰られたぞ?」

横からカメラマンが口を出してくる。


……せっかく、会えると思ったのに。


そう思っていたのは、どうやらカツミだけだったらしい。けれど、どうしても諦めきれそうに無かった。もうすぐ、夕時になる。もしかしたら…また、あの店へ、行っているかもしれない。甲斐は忙しい身なのか、夕食時より遅い…けれど深夜には程遠い位の時間になってから、あの店を利用する。忙しくてそれ以降になるときは、翌日に支障が出るから行かないのだと、甲斐自身が言っていた。

今の時間からあの店を見張っていれば、もし来るのならば…確実に捕まえられるだろう…そう思ってカツミが身体を浮かせた時だった。デザイナーがこれから飲みに行こうと言い出したのは。カメラマンも一緒になって、それはいい、とカツミの腕を掴む。

「えっ、ちょ、まっ…僕は……」

カツミの抗議はことごとく無視され、己より背の低い二人組みに引っ張られて、近くの居酒屋まで引っ張っていかれてしまったのだった。

「そんなぁ……」



デザイナーとカメラマンから抜け出してきたら、もう21時を回っていた。いつもだったら、甲斐はこのくらいの時間に店へ行く。これ以上早いのはかなり珍しく…23時過ぎになるのも、あまり無かった。だから、もしかしたら行っても無駄かもしれない。しかし、行かずにはいられなかった。

もう行きかたを覚えてしまった店へと、たどり着く。どうしても正面からはいけず、斜め前にある建物の影から、こっそりと店の入り口を覗く不審者となってしまっていた。しかし、暗く細い建物の間は、カツミの長身をも、どうにか隠してくれていた。

今夜甲斐が店を訪れないという可能性は全く無視して、カツミは周囲をうかがい、甲斐が乗って来る車を探す。 しかし、思いがけないところから、カツミは目的の相手を発見することになる。店の中から、瑞夢と並んで二人が、出てきたのだ。

「な……」

今の時間から出てくるということは、少なくとも1時間くらいは前に店へきているはずだ。甲斐は店でのマナーを心得ていて、必ず何か一杯を頼んで飲むようにしていた。だから、着て直ぐに瑞夢を連れ出す、ということはしないはず。

頭の中でぐるぐると考えていたら、二人は歩き出していて、大分遠くにその後姿が見えていた。慌てて追いかける。何処へ行くのだろうかと首を捻りつつも、二人が乗り物にのらないのをいいことに、こっそりと後をつけ始めた。平日とはいえ、都市部の一角は人通りが多く、二人のどちらかが振り返らなければ、カツミは見つからないと思われた。

五分ほどあるいたところで、そろそろ道が分からなくなりそうで怖くなり始めたカツミは、それでも人通りが減り始めた道を、大分間を空けてつけていた。そして、もう数分すれば、はっきりと住宅街へと入っていってしまう。人通りはもう、殆ど無い。おかげで、素人探偵よろしく、カツミは物陰や電柱の脇へ身を寄せなければいけなかった。

完全に不審者だが、なりふり構っていられない。…何しろ、甲斐と瑞夢が二人で、何をしているのか、それが気になって仕方が無かった。あの…手首と足首の跡は、なんなのだろうか?

瑞夢が曖昧に誤魔化してしまって、甲斐には聞いても答えてくれない…真実とはなんなのだろうか。本当は、こんなことに首を突っ込むべきではないのかもしれない。けれど、気に鳴って仕方が無かった。それほどにまで好きになってしまっていたし、それほどにまで、カツミは恋の経験が浅かった。

身体ばかりの関係は多く重ねてきたのに…そこに本当の想いは伴っていなかったのだと、何度も、気付かされてきた。最もそれは、甲斐が去ってしまった後のことだったが。



「どこだ、ここは…」

都心をわずかばかり外れた、住宅街…マンションが立ち並んでいる。界隈はひっそりと、でも高級感を漂わせている。瑞夢の部屋なのだろうか? それとも、甲斐が瑞夢に与えた部屋が、ここにあるのだろうか…。

二人が入っていったマンションを見上げる。数えてみると、6階まであるみたいだった。ここまで身体が動くまま、きてしまったが、自分は何をしているのだろうと、ふと空しい気分に襲われる。エントランスから漏れてくる光から隠れるようにして、植えてある木の横へと立つ。見上げていた一つの窓に、明りが灯った。

「あそこか…」

知らないうちに、言葉が口をついていて…首を振ると、踵を返す。明日も学校と仕事がある。帰らなくては。

恋に突っ走れるほど、もっと若ければ良かったのに。

まだ二十台に乗ったばかりのくせして、そんなことを思いながら、家路へとついた。



それから、一週間ほどがたった週末、歩きながらふと手を突っ込んだ上着の中に、紙切れを見つけた。

何時、どういう気持ちで、上着のポケットへこれを入れたのだろうか…最後甲斐に会ったとき、きていたジャケットだった。紙には、電話番号だと思われる数字の羅列が、神経質で角張った文字で、一行。

「……あいつらしい字…」

そこで初めて、甲斐の文字を見たのだと言うことに気づく。それなのに、何故甲斐の文字だと分かったのだろうか。不思議だが、でもそれと同時に、今まであまりにも甲斐のことを知らなすぎたことに、気づく。それで好きだと思っていたとは…諦めようと思っていたなどとは…とんだお笑いぐさだ。

手の中に、紙を握り込む。くしゃりという音が耳へ届いて…丸まったそれはそのまま、ゴミ箱へと消えた。

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

カツミの章の後書きを読む

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

カツミの章
 インベンション カノン() フーガ() シンフォニア(

次の章…甲斐…へ Homeに戻る

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =