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失われたもの番外…くだもの<冬:林檎>…
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辛い…。

熱い……。

苦しい………。



風邪、引いちゃったかなぁ。朝ご飯が出来たとお父さんが呼びに来てくれる。でも、ベッドから出られない。……うぅ、だるい…。毛布から顔を出して、お父さんの顔を見上げただけで、お父さんは事態を把握したらしかった。

「…もしかして、具合悪いのか?」

冬の寒い台所で作業していた冷たい手が、おでこに触れる。ひんやりとして、気持ちがいい。熱があるな、とお父さんは言うなり体温計を取りに戻って行ってしまった。…あーぁ、折角、冷たくて気持ちよかったのに。

熱は、38度ちょっと。おかしいなぁ、咳とか鼻水は、出てなかったはずなのに…何時の間に引いたんだろ。お父さんに言ったら、風邪じゃなくてインフルエンザじゃないか、って言われた。風邪とインフルエンザって、違うものだったんだ。。。今日は学校休みなさいと、おでこを軽くぺちんと叩いてから、お父さんは一人で食事をしに、リビングへ戻って行ってしまった。ちぇ、詰まらないの。

にしても、身体が重たいなぁ…変に息苦しいし…。そうやってごろごろしてるうちに、少しうとうとしてたみたいだ。次起きたときには、お父さんがいつの間にかスーツに着替えて、会社に行く格好になってた。

「カズミ、俺はもう会社いくけど、ちゃんと医者に行くんだぞ。救急箱にある風邪薬は絶対飲んじゃ駄目だからな。病院の金は、リビングの机の上に置いて置いたから。あ、後、お粥作って置いたから、食いたくなったら食うんだぞ」

早口に捲し立てられる。そして、用件を言ったお父さんは急いで出て行ってしまった。僕のためにお粥を作ったので、その分遅くなっちゃったのかな…迷惑掛けちゃったな、大丈夫かな。でも、心配して貰えて、お粥まで作って貰えて、やっぱり嬉しいや。へへへ。



どろどろとしたものに引きずり込まれていくようにして、眠る。沢山眠ったつもりだったのに、起きたら1時間しかたっていなかった。時計を見ると、そろそろ病院がやっているころだし。重たい身体を無理矢理起こして、もこもこに着替えると病院へ行った。病院が開いた直後に行ったはずなのに、30分は待たされた。忙しそうな先生は、インフルエンザですね、とあっさり言って、何かに色々書いている。後でそれが、僕に出す薬を書いていたのだと知った。

短すぎる診療時間に一瞬不満を感じるけど、身体もだるかったしすぐに診察室を出た。お金を払って丁寧なおばさんの看護婦さんに説明されるまま、薬を貰いに近くの薬局へ…あーもう、何で歩くだけなのにこんなに辛いんだろう。やになっちゃうな。

何だか沢山薬を貰って、薬の説明書を渡されて、説明もされたけど…良く覚えてない。早く帰りたくて仕方なくて…どうにかこうにか家に帰り着いたらくたくたになってた。玄関に10分はへたりこんでたと思う。でも、寒いし休むならベッドで寝たいし…手を洗ってうがいをしてから、ソファに服と荷物を投げ出して、ベッドに潜り込んだ。

30分か1時間寝ては起きて、を繰り返す。そのうち、ぼーっと眠れない時間も混ざってくる。お昼に一度、お父さんから電話があった。

『カズミ、大丈夫か?』

「ん…だるい……」

『そうか…ごめんな、側にいてやれなくて。今日は早く帰るから』

辛いのは嫌だけど…早く帰ってきてくれるのは、嬉しいかも。。。ありがと、と小さく呟く。

『病院行ったか? ちゃんとお粥食ったか?』

「病院は行ったよ。インフルエンザだって…お粥は……これから食べる」

本当は食欲なんかなかったけど、心配させたくなくて、そう言っちゃった。……言っちゃったからには…食べないと駄目かなぁ、やっぱり。うぅ。

『そうか、ちゃんと薬飲んで、大人しく休んでるんだぞ』

「うん…」

『じゃぁ、休み時間終わるから、そろそろ切るな…ゆっくり寝てるんだぞ』

「ん…電話してくれて、ありがと…」

『……。…何言ってるんだ。そこは、早く帰ってきてね、とか言っておけばいいんだぞ』

呆れた感じに言われた後、電話は切れた。カズミは良い子過ぎる、というお父さんの声が聞こえるみたいだ。ちぇ。でも、お父さんの電話、嬉しかったんだもん。。。それに、早く帰るからって最初に約束してくれたんだから、重ねて言う必要、無いじゃんか。

一人でぶつぶつと文句をこぼしつつ、お粥を少しだけ食べた。薬も飲まないと。それからまた、寝て起きての繰り返し…あーぁ、お父さん早く帰ってきてくれないかな。


お父さん、早く帰ってきてくれないかな…。

身体が熱くて痛くて重たいな…。

それにしても暇だな…。


その3つを何度も繰り返した気がする。ぐるぐると同じ所ばかりを回って…どれくらい繰り返したか分からなくなった時、冷たいものが額に触れた。

「……あ」

「起きなくていい、寝てて良いから」

いつの間にか寝てて、帰ってきたお父さんの冷たい手で、起きたみたいだった。時計を見ると…ホントに早く帰ってきてくれたんだ。定時で上がってくれたのかな。……えへへ、嬉しい。しかも、まだコートも着たまま、マフラーだって取らずに…みたら鞄まで持ったまま。真っ先に来てくれたんだ。こんなことで幸せになれる自分が、ちょっと馬鹿みたいだけど、でもやっぱり幸せだからいいんだ。

「カズミ、何か食べられるか?」

「えぇと…」

さっきまで、何も食べたくなかったのに、お父さんが帰ってきたというだけで、何か食べたくなっちゃった。ぼやける頭で何が食べたいかな、と考える。…そうだ。

「……りんご、食べたいな…」

「林檎か…分かった、ちょっと待ってろよ」

お父さんは、すり下ろした林檎にレモン汁と蜂蜜をかけて、持ってきてくれた。何だ、ウサギの形した林檎じゃないのか…ちぇ、詰まらないの。

でも、折角お父さんがすりおろしてくれたんだし…僕はゆっくり少しずつ、それをスプーンで掬って食べた。食べ終わるまで、お父さんはずっと側にいてくれた…お父さんを独り占めしてるみたいだなぁ。

すりおろし林檎は美味しかった。でも、やっぱり…

「お父さん、次はウサギの形したのが、いいな…」

お父さんが、一瞬黙った。中学生になってまで、ウサギの林檎にこだわることを、笑われるかと思った…けど違ったみたい。

「馬鹿だな、何でもっと早く言わないんだ。寝込んでるときくらい、我が儘言ってくれよ…」

髪が、くしゃくしゃ、と撫でられる。ごめんなさい、と小さく呟いた。手からすり下ろし林檎が入ってた皿とスプーンが取り上げられて、ぎゅっと抱きしめられた。……お父さんの、匂いがする。それが嬉しくて、大きく息を吸い込んだ。大きく吸い込みかけた二度目の最中に、お父さんは待ってろよ、という言葉を置いて、キッチンへ行ってしまった。……ちぇ。それだけなのに、一気に凹む。

お皿、片付けるのかな…それとも…。あ、そうだ。お父さんも御飯食べないとだもんね。。。しばらく一人になるのかな、と思って寝ようとしたところだった。お父さんが、ウサギの林檎を持ってきてくれた。

「ぁ…」

「どうだ、これ作るために、2切れも犠牲を出したんだぞ」

つまり、上手く作れなくて頑張った結果みたいだ。そういえば、ちょっと形がいびつだなぁ。でも…もうお腹が一杯で、食べられそうにないや…残念。

「食べたかったら、早く治すことだな」

代わりに、薬と水のコップを手渡される。お父さんの言ってることは正しいし、身体も辛いし、僕は風邪(本当はインフルエンザらしいけど)を早く治すために、大人しく薬を飲んだ。そうしているうちに、ウサギはお父さんのお腹の中へ…

「あっ、僕のなのに…!」

「治ったら、もっと上手くウサギになったやつを、食わせてやるさ」

また、くしゃくしゃと髪が掻き混ぜられた。今度のそれは、もう寝ておけという意味だって分かったから、僕は大人しくベッドに潜り込みなおした。…そろそろ、身体も辛かったし。

僕がまた、寝たり起きたり退屈したりを繰り返している間に、お父さんは夕食とお風呂を済ませたらしかった。本当はシャワーだけでも浴びたかったけど、身体が辛いから諦めることにした。寝る準備をしたお父さんとちょっと喋ってから、おやすみ、と小さなキスをほっぺに貰う。お返しがしたいけど…やめておこう。お父さんにうつしたくないもん。

「おやすみ…」

キスの代わりに、手をぎゅっと握った。



結局、僕がウサギの林檎を食べられたのは、それから3日後だった。……まぁ、比較的早く治った方なのかな。お父さんが早く帰ってきてくれるのは嬉しいし、沢山甘やかしてくれるのも嬉しい。でも、早く帰ってきてくれるのも、甘やかしてくれるのも、僕自身が元気じゃないと、嬉しさ半減な気がする。

それに、身体が辛いのも嫌だし、寝たり起きたりしか出来なくて、退屈なのもゴメンだ。だから、いくらお父さんが早く帰ってきてくれるとしても…風邪がぶり返さないように、またひかないように、気を付けようっと。

にしても、ウサギの林檎って案外食べにくいんだなぁ…。

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後書きもどき。

最初は、Web拍手のお礼用のつもりでした。春〜冬まで、くだものシリーズのSSです。でも、短くなってくれなくて、これは別の話に差し替えないとかも…と思っていました(笑)。まぁ、この林檎のSSは短い方なので問題ないんですけどね。。。

冬と言えば、林檎でしょぅ! 冬と言えば…風邪・インフルエンザでしょぅ! ということで、今回のような話になったのでした。

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